善光寺ご開帳・・・4

ご無沙汰でした・・・
すいません、ご開帳の話・・すっかり
きが抜けた山葵状態ですね。

実は、昨日から軽井沢におります。
すっかり緑になってしまった景色。
新緑の緑って、本当にきれいです。

庭には、チューリップや芝桜などが
まだまだ、満開です。
こちらは、花の咲いている期間が
本当に長いですね。

花壇を作ろうと
思い立ちました・・・・
その話をする前に・・・・

やっぱり、善光寺の話の結末を!

えーっとなんだったっけ・・・・・
そうそう、
戒壇巡りをしようと、
またしも、行列に並んだのでした。

待つことやはり2時間・・・・
ぐるっと、善光寺の本堂の周りを
一周している行列なんです。

本堂の周りに
物語が書いてあった。
善光寺縁起といわれる
もののようでした。

これが結構面白かった。
何しろ、2時間待つんですからね
暇なんですよ。
ついつい、しっかり読んでしまった。

なんでも
この仏様が、川の中から
本田善光(ほんだよしみつ)
って言う人が通ったときに
「よしみつ、よしみつ」って
呼んだんだそうです。
でまあ、善光寺なのよ。

え?何の話かさっぱり分からないって?
そりゃ、そうかも、
ずいぶん、省略しちゃったものね。
詳しく知りたい方は、
こちらを見てくださいませ。

善光寺縁起です。
http://www.zenkoji.jp/about/index3.html

さて、
2時間待って、戒壇めぐりを
やったのです。

真っ暗なんですよ。
本当に真っ暗!!

なーーーんにも見えないの。
右手の壁を触りながら、
そろそろ、恐る恐る、進むんです。
まあ、前に人がいるわけで
ぶつかると、とまる、また進む・・
その繰り返しでして。

以前、ふうちゃんが来たときには
人なんか全然いなかったので
すごく怖かったそうです。
前に誰もいないわけですからねえ、
真っ暗な中を行くとなると、
そりゃ、怖いかも・・・。

入り口に、注意書きがあった。
「バックや、懐中にご注意!」

なるほどね、
すりや、泥棒には、
絶好のチャンスかも。
だって、
なーーんにも見えないんだもん!
盗まれたって、わかりゃしない。

だけど
泥棒も、見えないんだよねえ・・
どうやって盗むんだろう?

とにかく、
バックをしっかり、握って、
腕の中に抱えて、
そろそろ、恐る恐る、進んだわけ。
すると・・・・
そのうち、人々の声が・・

「ここよ、ここ!
あるわよ、これよ!」

そうなんですーーー
例の、錠前ですね。
どうやら、真ん中にたどり着いたらしい。

私も、ガチャ、ガチャと
錠前に触ってみました。
これが、秘仏中の秘仏の
ご本尊様につながってる錠前なのか
と、しみじみ思いながらね。

で・・・・・
まあ、戒壇巡りは、これでおしまい。
2時間待って、
触った時間は、またしても、
ほんの1分程度。

終わってみれば、
もうすっかり、午後・・・
おなかはすくし、
足は棒のようだし・・・・・
疲れだけが、どっと押し寄せて
きたわけなんです。

善光寺さんって、
賢いお寺だなあと、
しみじみ思いましたね。

だって、
7年に一度しか、出てこない
秘仏を、見せるわけですよ。
そりゃ、見たいという人が
わんさかやってくるじゃないですか。

おまけに、秘仏中の秘仏に
つながる錠前なんて、作っちゃって
触りたいって、思うじゃないですか。

人間の心理をうまーーく
利用しているなあ・・・
って、思いませんか?

それにしても、
この日のテレビ・・・
しっかり、善光寺ご開帳を
やっていた。
人が、わんさかやってきたという
ニュースをね。
この日一日で何人の人が
やってきたのだろう?
一人500円の拝観料で
いくら儲かっちゃったのかなあ・・・

え?
そんな、不謹慎な計算なんかやったら
罰が当たるって?

すいません!!
罰が当たるわよねえ・・・
でも、今回は・・・・
ご利益のほうがしっかりあった。
なにせ、トラが、
ご帰還だものね。

善光寺の仏様
ありがとうございました。

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善光寺ご開帳・・・3

回向柱にさわった私たちは、
拝観料を払って、
本堂内の前立本尊を
拝観することにしたのです。

だけどね、
本堂にある本尊を見るために
並んでいる行列は
本堂を出て、境内の
庭をぐるっと回って
いるんですよ。

その最後尾についたら
そこにいた、整理の方が
おっしゃるには、
「2時間待ちでしょう」とのこと。

回向柱に1時間半まって
やっとさわったばかりなのに
また2時間・・・・・

もう、半分、あきらめの
心境でただ、ただ、ぼんやりと
待っておりました。

ひたすら待っていると
そのうち、どうにか本堂の中に
入ることができて
まず見たのは、
例の、回向柱からつながっている
善の綱です。

虹色に染められている
細い糸みたいな綱でして
それが、お堂のなかを
真っ直ぐ前立本尊に向かって
走っているのです。

でも、お堂の中は
あんまり明るくないので
実際に、その綱が本尊の指に
つながっているか、どうかまでは
確認できなかったんですけどね。

さて、
7年に一度しか見られないという
前立本尊ですけど、
これが・・・・・
実際に見ると、小さいんです。
本尊の両脇に控えている
地蔵菩薩も、弥勒菩薩も
結構大きい立派な仏像なんですが
肝心の本尊さまは、
小さい、可愛い仏様なんですね。

一光三尊阿弥陀如来像・・・・
と言うのが正式の名前だそうで・・・
まあ、仏像に関心のない
私としては、そういわれても
どうもぴんと来ません。

拝観の説明書によれば、
要するに、
光背を一つにして、一緒に
3体の仏様がくっついている
という、仏像なんです。

でまあ、ここで私は
しっかりお祈りをしたわけです。

一つは、母の長寿ですが
もう一つは、何と言っても
あれですよ。
我が家の脱走トラの
早いご帰還!!

正直言えば、不信心な私は
この仏様の御利益が
本当にあるなんてことは、
あんまり、
考えていなかったんですけど・・・・

そんなこんなで、
内陣参拝を終えてみれば、
すでに、もう時間は昼を過ぎていた。
そりゃ、そうよねえ、
朝、8時に長野駅についてから
すでに、4時間以上は経っている
わけなんですから。

お腹もすいてきたから
そろそろ、帰ろうかと・・・・
私は、思っていた・・・・・

4時間の立ちっぱなしは
こたえますよね。
最近すっかり足腰が
弱ってきたし、
なにせ、椎間板ヘルニアの
持病以来、右足が疲れてくると
つる癖がついていしまって、
立っているのが、大変なんです。

しかし・・・・・
仏様の好きなふうちゃんは
また言うのです。

「どうせ来たのだから、
『お戒壇巡り』もやろうじゃないか」と。

『お戒壇巡り』????

お寺に詳しい方や、
仏教に詳しい方は、ご存じかも
知れませんね。
でも、私は、全くそういったことは
門外漢でして、
いったい何のことだろうと、
不思議に思っておりました。

『お戒壇巡り』とは、
本堂の下の真っ暗な回廊を歩いて
本当に秘仏になっている
ご本尊様の真下にある
「極楽の錠前」なるものに
触ってくることなんですって。

つまり、
秘仏のご本尊様と
錠前を通して、結縁するって
ことなんだそうです。

なんだか、わかったような
わからないような、不思議な
儀式ですよね。

ふうちゃんは、昔善光寺に
来たことがあるそうで、
その時に、
戒壇巡りをやったことがある
そうなんです。

私は・・・・・・
実は、一度だけ、学生時代に
善光寺に来たことがあるんですが、
仏様にはほとんど関心もなかったので
お参りぐらいはしたと、思うんですが
そんな、儀式をやった記憶がない・・・
覚えているのは・・・・

善光寺の裏手にいた
おばさんが売っていた
リンゴを買ったことだけです。
あれは美味しかった!!!

さすが、信州はリンゴの産地だと
しみじみ思ったのを
何故か今でも覚えているんです。

え?
あなたの記憶は、
食べ物ばかりだって?!!
そういや、そうだなあ・・・
木曽路も、五平餅のことだったし・・
私って、食べ物の記憶だけが
鮮明な人間だったのねえ・・・

あらら・・・また脱線した・・・

すいません、
話を戻しまして
ふうちゃんが、『戒壇巡り』を
やろうというので、
それじゃあと、外に出てみると・・・

なんと・・・・
なんと・・・・

そこにもまたしても・・・・
ながーーーい、行列が・・・・・・・

ああ・・・・
善光寺ご開帳は、
行列することだったのねえ・・・

と言うわけで、
またしても、行列の尻尾に
つながることになった
私たちなのでした。
それでは、最後のお話は
また明日。

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善光寺ご開帳・・・2

さて、回向柱に触る人の列に
並んだ、ふうちゃんと私。
待つこと1時間・・・・
だいぶ進んだなあと思う頃に
マイクを持った、整理係の人が
この列が、柱に触る人の列だと
説明してくれて、
前立本尊をみる列ではないと
初めて知らされることになった。

もうちょっと早く、教えて欲しいわよ!

とにかく、もう、後少しで
回向柱にさわれるわけですから
今更、列を離れるわけにも行かず
そのまま、じっと待って
1時間半後に、なんとか
柱にさわれたというわけ。

触った時間は・・・・・
ほんの、10秒ほど・・・・・
うーん・・・・・・
何なのこの時間の差は・・・・

で、まあ、これでおわりかと
おもいきや・・・さにあらず・・・・

横を抜けると、
今度は、ご本尊を近くで見られる
という、内陣参拝をしようと
ふうちゃんが言うのです。

まあ、ここまでやってきたのですから
本尊を見ないで帰るのも
何とも寂しい、気がしますよね。
そこで、拝観料を払って
中に入ることにしたのです。

ところが、ところが・・・・
これもまた・・・
並んでいる・・・・
ながーーーい行列・・・・・

えーーーーまた待つの??

どうも、私は不信心でして、
仏様に怒られちゃうかもしれません。

あのね、
ご存知でしょうか?
「牛に引かれて善光寺参り」
という言葉があるのを。

境内にシッカリ説明が書いてあった。

なんでも、
今の小諸のあたりに
不信心で強欲なおばあさんが
いたんだそうです。
ある日、そのおばあさんが
川で布をさらしていたら
牛がやってきて、その布を
角に引っかけて持っていってしまった。
その布を追い掛けていったら
善光寺に着いたとか。
その牛は、仏様の化身だったそうで
以後、おばあさんは、信心深い
善良な人間になったんだと・・・・

Zenkoji3

なんだか、
私の事みたい・・・・

牛に引かれて、じゃなくて
ふうちゃんに引かれて、
善光寺参り・・・だものねえ。

え?
善良な信心深い人間に
成ったかって?
いえ、いえ、もちろん・・・・
そんなに、簡単に信心深くなんて
なるわけないでしょう・・・ホホホ・・・

さて、
ここで、少しばかり善光寺のお話を。

善光寺に何でこんなに人が
やってくるかというと、
このお寺、なんと宗派を問わない
のだそうです。

日本中に、それこそ、いろいろな
宗派の仏教がありますよね。
ふうちゃんの家は
日蓮宗ですし、私の実家は
浄土真宗です。
普通は、お寺さんは、それぞれの
宗派ごとに、門徒さんがいるわけで
違う宗派は、お参りにこない。

だけど、この善光寺さんは
違うんですって。
そういえば、母方の祖母も
一生に一度は善光寺参りに
行かなくちゃと、言って
出かけていったという話を聞きました。

要するに、
どんな宗派の人間も
このお寺さんには、お参りに
行かなくちゃと思うらしいのです。

だから、こんなに人が多いのねえ・・・

おまけに、今回は
7年に一度というイベントも
重なって、余計に多くなったということ
でしょうか。

その多い人が
全部本堂に入ろうとしたら
それこそ大変です。
そこで考えられたのが
この、おかしな(不思議な)回向柱
ということなのかも。
柱という手段を使って
人がいっぺんに入ってこないように
しているのでしょうね。

さて、さて、
その、善光寺の前立本尊ですけど、
実はね、これって、
レプリカなんですよ!!

えっ------!!
って、思っちゃいますよね。

本物の、本物の本尊様は
秘仏!!

出てこないんです!!

なにせ、ご本尊様は
欽明天皇の御代に、百済から
わたってきたという、
日本最古の仏像なんですから。

ですからね、
これは、絶対に人目にさらさない
秘仏!!なんですって!!

でね、
それじゃああんまりだと言うことで
その、ご本尊様のレプリカを
鎌倉時代に作ったんだそうです。
それで、
ご本尊様の前に立ってもらった
というわけ・・・・・
だから、名前が前立本尊・・・・
な-るほどねえ・・・
妙に納得出来る名前じゃありませんこと!

なんともまあ、
とんでもなく、ご大層な
仏様なんですよ。

その、前立本尊すら、
7年に一度しか見られないわけ
ですものねえ・・・・

それで・・・まあ、
その前立本尊を見るために
ふうちゃんと私は、
またしても長い行列に
並んだという話は、明日また。

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記念旅行・・・3

さて、南木曾に着いたのが
10時頃でしたか。

それから、バスに乗って
馬籠まで入りました。

馬籠・・・中山道の宿場町。
昔の宿場町の様相が残っている
山の中の集落です。

Img_2802

実は、ふうちゃんはここは
初めてだそうで、
開田高原に行くなら、ぜひ
ここに行きたいと、いわれて
時間的に無理を承知で
やってきたのです。
でも、私は、学生時代に友達と
一緒に一度訪れております。

それこそ、40年も前の話。
実を言えば、私、当時のことを
あんまり覚えていない。
友達が、五平餅を食べていた
ことぐらいしか、覚えていない。

変なことを覚えているものだと、
我ながらおかしいのだけど、
私は、食べなかったこので
覚えているのかも知れません。

で・・・・・・

最初に、やったことは
五平餅を買って、食べたこと。
40年来のやり残したことを
やったわけです。
五平餅って、要するに
お米をこねて、串団子にして
たれをつけて、焼いたものなのね。

それから、藤村記念館を見て
いよいよ、妻籠へ向けて
出発したわけ・・・・

馬籠から、妻籠までおよそ7.6キロ
標高800メートルから、450メートルの
行程を歩こうというわけ。

馬籠宿から馬籠峠までは登りです。
これが結構大変だった。
何しろ、このところ
ふうちゃんの職場が遠かったせいで
朝の散歩を、ずっとやってなかった。
荷物は、南木曽駅に
置いてきたのだけど
それでも、自分の体重だけでも
運ぶのは、しんどかったです。

天気は快晴!
まるで、よそのうちの庭を通るような
そんな感じの道のり。
水車小屋やら、十返舎一九の碑を
見ながら、ひたすら、歩いた。

でもねえ・・・・・
その間、約3時間・・・・
出会った人は、3組だけ。
私たちと同じようなお年の
カップルが2組と、
若い外国の男女のみ。

平日ですからねえ、
まあ、仕方がないのかも知れないけど
それにしても、
歩いている人がいない。
何故?
馬籠の宿場には
結構沢山の人がいたし
妻籠にも、それ以上の人がいた。
だけど、歩いている人はいない。

みんな、バスでやってくるか
車でやってきて、宿場町をみて
帰ってしまうようです。

途中、若い男女の乗った車に
何度かで会いました。
お若い方々は、車で通りすぎ
ちゃうんですねえ・・・

Img_2811

40年前も、私は、
重いリュックをしょって
この道を歩いたんです。
昔の旅人さながらにね・・・
でも、今の若い人は、歩かない・・・
ちょっと、寂しい気がします。
だって、宿場町ですよ。
歩いてみなくちゃ、
昔のことを、想像できないと
思いませんか?

妻籠宿に着いたのが
午後2時頃、ここで食事をして
さて、どうしようかと、二人で
話し合った。
もう一踏ん張り、歩こう・・・
ということになり、
南木曽駅まで4キロ。
合計11.6キロの道を、
歩いた計算になります。

馬籠では
まだ咲いていなかった桜も
南木曾に近づくにつれて
咲き出して、花見をしながらの
道中でした。
木曽川の支流を横に見ながら
峠を越えてからは、ずっと
下りの道のり。
春のうららかな一日、
木曽の檜の香りをかぎながら
楽しいハイキングでした。

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記念旅行・・・2

4月2日に出かけてい4日には
もう帰ってきておりました。
2泊3日の、簡単な記念旅行です。

開田高原・・・
何でそんな場所にこだわるのと
思われるかも・・・ね。
それには、ちょっと、
訳がありまして。

実は・・・・
私たち、34年前、あそこで
別れ話をしていたんですよ。

本当だったら、あの旅行を最後に
私たちは、別れて別々の道を
歩くはずだった。

それが、何処をどう間違えたか
狂ったか・・・
何故か、結婚して、子供まで出来て
おまけに34年間ですからね。

人間の一生って、
まか不思議だと思いますね。

あのとき、
別れていたら
記念旅行も、
へったくれもないわけですものね。

そういう意味では
本当に、文字どおり出発点に
戻ってみたくなった
私の気持ち、
分かってもらえるでしょうか。

さて、開田高原のお宿。
ここがまた、とっても素敵だった。
低層で、高原の中に
一軒だけ建っている、そんな感じの宿。
ゆったりしていて、いい雰囲気でした。

おまけに、
お料理が、とっても美味しかったです。
山の中ですから、
海のものは全く出てこなかった。
出てきたのは、殆ど野菜ばかり。
でも、とっても、美味しかったんですよ。

お宿の名前は
「つたや季の宿風里」
JTBでのアンケートで、
とっても評判のいいお宿らしい。

さて、一晩泊まって
翌日、私たちは
朝食もそこそこに次の場所へ
飛び出していったのでした。

全くねえ・・・
どうして、私たちってこう
あちこち飛び歩く人種なんだろう。

開田高原から次は南木曾へ・・・
そして、馬籠、妻籠へと。

あのね、
距離的には、開田高原と
馬籠、妻籠は、近いんです。

だけど、だけど
いざ、電車で移動しようとすると
全くこれがねえ、遠いのです。

東京にいると、全く移動に関して
心配することなんてないでしょう。
何処へ行くにも、電車、バス、地下鉄と
何でもあるんだから。

だけどこれがねえ、
いざ地方、田舎の町になると
本当に、とんでもなく、遠い。

まず電車が走ってない。
(今回、車で出かけた訳じゃないのです
何故って、車で出かけると、私ばかり疲れる。
なにせ、ふうちゃん、運転しないのだから)
木曽福島から、南木曾へ行く電車が
朝は殆どないのです。

今回の旅行で一番感じたこと
それは、地方の格差です。

この頃、よく言われている・・・
地方と都会の格差が広がったと。
医療でも感じたのですが、
今回は、交通で本当にそれを実感しました。

車がないと、何処へも行けない・・・・

軽井沢も東京から見れば
田舎だなあと、思ったけど
それどころじゃなかった!!
軽井沢は、新幹線が通っている。
そのお陰で、
町はすっかり都会化しているのだ。

アウトレットを見れば、
まさに、新宿みたいだし
旧軽井沢は、竹下通りそのものだし。
ひとも、結構沢山この頃はいる。

だけど、
木曽は、山の中だった!!
藤村の「夜明け前」じゃないけど
木曽路は山の中なのだ。

木曽福島の駅前は
本当に山の中だった。
駅を出れば、直ぐに山が迫っている。
山の間を縫って電車が走っているのです。

ある意味、
この景色は、34年前と
殆ど変わってないのかもしれません。

のんびり、ゆったり
電車に揺られて、南木曾へ向かう途中
電車の窓から
「寝覚ノ床」が見えた。

浦島太郎がここで
玉手箱を開けた・・・という
伝説があるそうな、
私の玉手箱も、開けたら
何が出てくるのだろう・・・

続きは明日。
今度こそ、白樺の開田高原です。
後ろに見えるのが、御嶽山。

Sirakaba1

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記念旅行

ちょっと、旅に出ておりました。

久しぶりです、
軽井沢以外の場所へいくのは。

さて、
何処へ、行ったと思いますか?

開田高原・・・・・
馬籠・妻籠・木曽路です。

開田高原・・・
何処にあるかご存知でしょうか?

実を言えば・・・私は方向音痴でして
さっぱり方向は分かっておりません。
長野県の、南の方・・ぐらいの
地理感覚でして。

何でまた、そんなところへ
と言われそうですが、
じつは、ここ、私たち二人の
思い出の場所です。

34年前、最初に二人で行った場所。
まあ、記念旅行ですからね
出発点に戻るのも、良いかも
というわけです。

三十年以上も前の話ですから
今頃はどうなっているのだろうと、
思いながら、訪ねたわけです。

しかも、あのときには二人とも
まだ、若くて、お金もない時でしたから
泊まった場所は、
民宿に毛が生えた程度の旅館。

覚えているのは、
雪道を歩いたことと、御嶽山が
綺麗に見えたことぐらい。
そうなんです、
ちょうどあのときも、
今と同じ、4月の始め頃でした。

その同じ場所に、
同じ頃に、出かけたわけです。
三十四年の月日だけが、
過ぎていますけどね。

その時間の重みは、
想像以上でした。

まず、行く途中の道が違いました。
新地蔵峠トンネルが、開通していた。

「トンネルを抜けると、
広がっている場所が、
開田高原です」・・・・とは
迎えに来てくれた旅館の方の説明。
34年前は、別の道を通ったはずです。
ぐるっと迂回して、確か
バスで行ったのですから。

そして、そのトンネルをくぐると
見えてきたのは、

広い平原と、沢山の白樺の木。
そして、その向こうに見える
御嶽山の山々だった。

山を見て、
まず思ったのは、

「高いねえ・・・」だった。

普段、見慣れている
浅間山と比べるせいでしょうね。
目線が高いんです。
御嶽山は、3千メートル級の山。
浅間山は2千5百メートルだったっけ。
歴然とした違いは、山の上の雪の量。
真っ白な山々が目の前に
見えてくるんです。

そして、白樺の木々。
軽井沢でも、白樺の木を見かけますけど、
ここの、白樺は本当に凄い量です。
見ているだけで、幸せになってしまう量です。

思わず
「いいなあ・・・・・」と、二人で見とれました。

軽井沢の綺麗な雪景色を見たときも
感動して、二人ではしゃいで
雪の中を散歩したのですが、
今回も全く同じ気分でした。

一晩泊まった翌朝
早朝5時に、起き出して
二人して、誰もいない道を
(この時期、平日で、おまけに、
枯れた木ぐらいしか見るものも
ないせいでしょうか、
旅館には、3組ほどしかいなかった)
散歩に出かけました。

気温氷点下5度!

ハハハ
寒いだろうと思って、冬支度をしては
いたのですが、さすがに
氷点下5度は、こたえました。

ズボンをはいているのですけど
足が中でピリピリして、
下から、ジーンと寒さが
あがってきました。

それでも、
二人、飽きもせず、
白樺と、御嶽山を見ながら
ただ、ただ、歩いていました。
思いは、34年前・・・・
景色は今・・・・

不思議ですね。

思い出というのは、
浮かび上がってくると、
その時に、戻れちゃうのです。

旅の続きはまた明日。

それにしても
開田高原は素敵ですよ。
是非、皆様、一度いらっしゃって
見てくださいませ。
(なんて、実は、書かない方が
良いのかも・・・
私とふうちゃんのお宝にしておきたい
そんな気分です)

写真は、コナラの木です。
白樺ではありません。
Img_2795

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一人旅

野暮用で福井に一人で
旅をした。

東京から福井・・・・
子供の頃、母に連れられて
何度か行ったことがあります。
(両親の生まれが福井なので)

あのころは、日帰りなんて
とても、とても出来るはずがなかった。
でも、今は出来ちゃうのです。

朝7時36分発
東海道新幹線で米原経由
北陸線に乗り換えて
福井到着11時02分。
ひたすら電車に乗っているだけの旅です。

着いて、野暮用はすぐに終わった。
ものの5分もあれば終わる用だったのです。

3時間半以上電車に乗ってやってきて
そのまま帰るのも、あんまりなので
福井の市内をちょっと観光。Youkoukan1

養浩館庭園に行きました。
福井藩主松平家の別邸だったところです。
書院建築と、回遊式庭園・・・・
要するに、金沢にある兼六園を
小さくしたような所でしたね。

大きな池と散歩道、Youkoukan2
灯籠、そして書院造りの家です。

私が一番気に入っちゃったのは
板戸に描かれていた
鶏の絵!
鶏鳴の板戸といわれるもの。
そもそも、この屋敷は
昭和20年の福井空襲で焼失しているので
今ある建物は文政6年に描かれた
「御泉水指図」をもとにしてYoukoukan3
修復された建物なんです。
従って、この絵も推定修復された
物なんですけどね。

それから、三つ葉葵のご紋がある
郷土歴史館をのぞいて
県庁のある堀の中を歩いて
駅に戻ってきました。

その間約3時間あまり。
そのまま、また電車に乗って
帰ってきた・・・Kentyou_1
なんともまあ、超特急の旅でした。

たった5分の野暮用のために
往復7時間を要して
その費用3万円・・・
何やってるんだか・・・

それにしても驚いたのは
福井ってすごおーーい都会だった。

建物は立派で
まるで東京にいるのと同じ。
渋谷の町を歩いているそんな
感じさえする場所でした。
駅も立派!
おまけに県庁もすごーーく立派!
都庁並の建物だった。

で・・・何が東京と違ったか!

人の数です。
車の数です。

全然少ないの・・・・
立派な駅前のロータリーを
3,4台の車しか走ってないんです。

養浩館庭園には
客が6人・・・・
町を歩いていても
人の姿がない・・・・・
静かな、静かな町でした。
地方の都市って、こんなに静かなんだと
改めて驚いた次第です。

それで、
せっかく大枚をはたいて
出かけたんだから、
せめてお土産でも買ってこないと
というわけで
一杯お土産を抱えて帰ってきた。

名産、羽二重餅2個
お酒1本
酒のおつまみ2個
鯖寿司、そして
鱒寿司(これは富山の名産だったね)

それでね、
懐かしい、福井のお国言葉を聞きました。
何しろ、子供の頃から
私は、なじんでいるのよね
母も田舎に帰ると、福井弁を
しゃべっているので、聞き慣れているんです。

お店の人や周りの人は
お互い同士はこの福井弁を
しゃべりあっているんです。
ところが、私が買い物のためや
道を聞くために話しかけると
何故か、ちゃんとした標準語で
応えてくれる・・・
うーん、やっぱり観光客に見えるんだね
私って・・・・
面白い発見でした。

それにしても、一人旅なんて
本当に初めてです。
凄く緊張して疲れた・・・・
大体、何処へ行くのも
人任せなことが多くて
自分一人で電車に乗ったり降りたりなんて
あんまりやったことがないので
乗り間違えないかとか
遅くならないかとか、
気になっちゃって・・・・
家に帰り着いて、ほっとしたのでした。

写真は上から
養浩館庭園と鶏鳴図
そして県庁です

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谷川岳(天神平)より

キートスの会の人たちと谷川岳天神平に行って来ました。Taigawadake1

ここに来るのは2回目。以前の職場の人たちと7年前の秋に。

docomoは使えたのに、TU-KAの携帯が圏外だったことを記憶しています。                           Tanigawadake2

我がauは、3本アンテナが立っていました。さすがです。

それは、ともかく、軽井沢での修行の成果か咲いている高山植物に興味をもって写真を撮りました。自分でも変わったものだと思いまTanigawadale3 す。

ニッコウキスゲ、シモツケソウ、クガイソウです。

谷川岳の風景とともに掲載します。(ふうちゃん)                 

左から ニッコウキスゲとシモツケソウ、ニッコウキスゲ、クガイソウです。                                  Kugaisou1       Nikkoukisuge1   Nikkoukisuge2                                                                                         

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久し振りのTDL

久し振りにTDLに出かけた。

ふうちゃんは、インフルエンザで行けなかったけど、娘と二人久し振りにディズニーランドに行った。本当に久し振りです。前に行ったのは娘がまだ幼稚園にあがる前ですから、3歳頃だったでしょうか。20年以上も前のことになりますね。あの日も確かふうちゃんは風邪で咳き込んでいて、ゴホン、ゴホンいってましたっけ。
思い出した・・・・その翌日確かふうちゃんは過労で病院に入院したんだった。
どうも、TDLとふうちゃんとは、相性が悪いようです。

と言うわけで、今回は二人で楽しく出かけちゃいました。
病人をほっぽらかして、遊びに行っちゃう私って・・・・・・・まあいいか
日頃、ふうちゃんは仕事仕事で、家に居着かないものね。たまには家で待つ身にもなるといいんだわ。

さて、TDLですよね。tdl2
久し振りのディズニーランドは、相変わらずよその国という感じです。
あの門をくぐると、何ともおかしな世界が広がっている感じがする。
まず、ショッピング街・・そして広がるおとぎの国。
そして、匂いが・・・・あまーーーい、あまーーーい匂いがするんですよ。
何かと思って、よくよく見たら、ピンクの棒みたいなドーナツを売っていた、その匂いでした。
それにあちこちに、物売りがある。ポップコーンやら、飲み物やら・・・
前に来たとき、こんなにたくさんあったかしら?

さて、アトラクションですが、
どうしても、以前に入ったところに入っちゃうのです。
なじみ深いのでつい、ということかなあ。
本来ならば、一度も入ったことがないところへ、入るのがいいのでしょうけど。
それに、私も娘も、怖い系がダメでして、ジェットコースターのような落ちる感覚のものはだめなんです。くるくる回るのも苦手でして・・・
娘の友達が進めてくれた、プーさんのハニーハントも、入ったんですが出るときには、頭が痛くなっていた。ゆっくり、のんびりのタイプのアトラクションが向いているみたいです。
ウエスタンリバー鉄道、マークトウェイン号、イッツ・ア・スモールワールドなんかがよかったわ。ハハハ、年ですねえ・・・・tdl1

それにしても、アトラクションも、エンターテイメントも、数が増えていてドンドン変わっているのが分かりました。今回はシンデレラの特集だそうで、行列もシンデレラ中心でしたね。
派手な衣装の美しい方々が登場して、別世界の行列を繰り広げる・・・
別世界の感じが受けるのでしょうか。それを見る人々が道に沿って陣取っている、面白いなあと思います。私は、天の邪鬼なもので、あんまり群がるのが好きじゃないです。
それで、ちょこっと写真を撮ったら、すぐに逃げ出しちゃいました。

さて、科学技術の進歩は、本当に目を見張るものがあります。
TDLの世界も、進歩するのでしょうか?

私が思う究極のテーマパークはゲームを自分で出来る所です。
何人かで入って、自分たちが参加しながらゲームが進められて、結末も参加した人によって違ってくる、そんなTDLのアトラクションは出来ないのかなあ・・・
同じトロッコに乗って、同じアクションをしてただ、黙って座っているだけのそんなアトラクションはそろそろ終わりにならないかなあ・・・・
なんて、変なことを思いながら、帰ってきました。

そうそう、お土産買いました。
猫ちゃんの耳がついた、ヘヤーバンドと、可愛いバック、娘用です。basya1
そして、クッキーとキャンデー・・・これは母用。
「可愛い入れ物ねえ・・」と、母がびっくり、シンデレラの馬車なんです。
そして、ふうちゃんには、買い損なった・・・・
お留守番だったのに、お土産ないの・・・・
仕方がないので、余りのポップコーンと、あまーーい例の棒状のドーナツ。
ごめんね・・・・m(_ _)m

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堂ヶ島から

西伊豆の堂ヶ島にいまず。海がきれいです。海の上から富士山が見えるといいと思います。昨日のバスの中からは綺麗に見えたのですが、急なことで写真は撮れませんでした。(ふうちゃん)

  060212_07090001.jpg

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軽井沢の夕日

ピーコと娘と私でクラブハウスの温泉に行きました。そのかえりのことです。クラブハウスから車に移動しているとき、ちょうど日没に出会いました。携帯のカメラを夕日に向けました。 軽井沢の夕日です。060108_16390001.jpg

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ダイヤモンドダスト

軽井沢です。
寒いです・・・・早朝の散歩・・・氷点下7度ぐらいでしょうか・・

歩き出したときは、雪が舞っていました。
サラサラの雪です。地面に落ちた雪をみたら、きらきら光っていました。
防寒具に身を包んで出かけたのですが、その服に付いた雪はちょっとはたけば、簡単に払い落とせます。

上を見上げると、浅間山が雲に隠れて見えませんでした。
「今日は、雪かしら?」
「また、雪掻きかなあ・・・」
そんな会話をしていたのです。

ところが、別荘地のセンター辺りに着いた頃、東の空がうっすらと明るくなってきました。
見上げると、雲の合間から太陽が顔を出し始めたのです。
雪が舞っているのに、顔を出した太陽!powdewsnow3
その太陽に反射して、雪がきらきら光っているではありませんか。

「ダイヤモンドダストだ!」
とふうちゃん。
本物のダイヤモンドダストは、霧の中で見えるそうですが、
今回は、霧じゃないのですけど、それでもきらきら光る雪の結晶は、本当に綺麗でした。06powdersnow2

そこで、私ちょっと遊んでみました。
太陽に向かって、雪をばらまいてみたんです。
サラサラと舞い散る雪!
ちょっと楽しい散歩の朝でした。

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広島へ

 hirosima1 11月10日の夜から12日まで広島に行って来た。

平和公園と宮島は大学4年生の時以来である。ホテルの近くが平和公園だったので、11日の早朝散歩した。戦後60年という節目の年にここを訪れることが出来たのは意義深い。

平和資料館は、早朝のため入れなかったが、公園内のものは歩いているうち記憶がよみがえってきた。原爆の子の像。佐々木禎子さんの死を悼んで同郷生が中心になって、全国の学校に呼びかけ、この像はできた。

私の記憶の中genbakunoko1 にも、小学校の1,2年の担任の先生が、禎子さんの話をしてくれて、お金を寄付したのか鉛筆を買ったのか記憶が定かではないが、協力したことを覚えている。
原爆ドーム、前、見たときは、もっと壊れかかったいたように思えたが、全国の人の協力で修理をし、しっかりと立っているように思えた。

 11日の夜、宮島に泊まった。ひどい雨だったので、ライトアップされている
鳥居や厳島神社を見ることが出来なかったのは残念だった。
12日は朝からとてもいい天気であった。厳島神社の鳥居をしっかりとカメラに納めることができた。
60トンの木の重みで海に浮かんでいるそうである。高さは16メートmiyajima1 ルで奈良の大仏と同じ。NHKの義経のタイトルバックに厳島神社とそこで行われている舞楽が登場している。
NHKの放送に出てくるまでは、その存在を知らなかったが、赤い衣装で面を着けて踊っている姿が印象的である。この舞楽、特別の時に上演されるとのことだが、10万円を払えば、15分間で、だれに対しても上演してくれるとのことだった。
 清盛が安芸の守であり、厳島神社を大切にしたこと。
 「平家納経」を日本史の暗記事項として知っていたが、33巻のお経のことであり、一族の半径を願って清盛が納めた(平家が納めたお経のなので「平家納経」と呼ばれることがわかった)実際に現地に臨んで分かることは多いのである。 

            setonaikai1
 宮島から呉まで、約1時間の瀬戸内海クルーズ。
 呉は、軍港として栄え、戦艦大和の故郷として知られている。
 初めて、訪れた呉にはこの4月に開館した大和ミュージアムがあり、すでに入館者が100万人を越え、呉の町を活気づかせるとのことだった。渋滞したことがない道路が渋滞するようになったとのこと。
 10分の1の大きさの戦艦大和が展示してある。知覧の特効記念館のように乗組員の両親に宛てた手紙などが展示してある。yamato1
 大和を作った当時の造船技術が現代の科学や物の製造に生かされていることを強調する展示などが印象的であった。戦後60年という節目の年の近年としてつくられたとのことであるが、これほど人気が出るとは予想外のようであった。
 

 久しぶりに訪れた広島では、10日の高校時代の友人が庄原の自宅近くの山で取った松茸を持ってきてくれた。彼の紹介で焼きガキを賞味することができた。
 明日、松茸ご飯を作ることになった。(ふうちゃん記)

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箱根より

箱根の温泉に行ってきた!

母を連れて、温泉の旅をしてきました。なかなか腰を上げなかった母も、何とか付いてきてくれたので、親子3人で久し振りの温泉です。
行きは、東名御殿場から入って、ぐるっと芦ノ湖を回り湯本の温泉旅館に行きました。

箱根はもう、何度も出かけているので車でも一人で旅できます。
そうなんですよ、私ってすごーーい方向音痴!車の運転はするのだけど、道がさっぱり分からない人なのです。何処へ行くのもふうちゃんが頼りなの・・・だけどね、ふうちゃんは道は詳しいけど、車の運転免許は持ってない人。ハハハ要するに2人で一人前なのよ。

さて、温泉にはいるのが主な目的だったので、芦ノ湖や仙石原はドライブで通っただけ。
ちょっと、湖尻で駐車して湖畔で休憩はしましたが、他はただは走っただけだった。
だけど、走っていて気が付いた!箱根って軽井沢より暖かいのね。そのせいでしょう、
紅葉はまだまだだった。わずかに赤や、黄色になりかかってはいましたが、まだほとんどは緑だった。特に旅館のある湯本は全く緑一色!11月も半ばだというのに、
本当に暖かいのですよ。asinoko1

着いたのが午後3時頃、することはとにかく温泉にはいることですからね。
以後とにかく温泉に何度も入りました。

部屋に露天風呂が着いている宿、だったのだけど、部屋の露天風呂って、
あんまりおすすめじゃないですね、
だってこの時期寒いの。お湯をはると入れるだけで
桶に熱を取られちゃって、ぬるい感じになっちゃうのよ。asiyu1
大浴場の露天風呂は、夜入ったら月が見えてとっても素敵だった。
それに、ここでも白熱灯の明かりの良さを再確認してしまった。
木陰や和紙の照明器具に覆われていて、雰囲気がとっても素敵!asiyu2
それから、足湯がよかったなあ・・・ポカポカ暖まって
それでいて、体に負担がかからないから、長く入っていられる。
冷え性の私や、母にはピッタリだったみたいです。
そのせいでしょうか、母も来て良かったと、喜んでくれました。

さて、何回入ったと思います?
合計なんと、9回!!(足湯も入れてですけど)ウーン、さすがに、湯疲れしましたね。
一泊して、今日はもう帰ってきたんだけど、ああ疲れた!

家にたどり着いて、気が付いたの
所要時間1時間半・・・やっぱり箱根は近かった!!

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お会式

荏原町のお会式の万灯に偶然出会った。池上本門寺は先週の12日だったと思う。小さい051016_19290001 頃家族で万灯を見るために本門寺の石段を登った。万灯を見ると小さい頃のことが思い出される。思わず携帯のカメラのシャッターを切った。携帯にカメラが付いていると思わぬシャッターチャンスが訪れるのかもしれない。ふうちゃん

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伊東への旅

 伊東へ一泊2日の旅行に行ってきた。朝、松川沿いに散歩した。ふうちゃんの遠いご先祖さんかもしれない伊東家の祖先の墓のある最誓寺から、古い温泉旅館の東海館を川の向こうに見ながら歩いた。江戸城を築城するときに切り出した石が残っていた。今まで伊東には何回も行ったことがあるが、このような歴史散歩は初めてであった。(ふうちゃん)
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