フォト

軽井沢の花たち

  • ツリフネ
    軽井沢の庭に咲く花を集めてみました。東京では見られない花がたくさんあるのに、驚きます。

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

開田高原へ・・・1

2年ぶりで開田高原に出かけた。

三度目・・・いや、正確に言えば四度目なんですけどね。

どうやら、私たちは気に入った場所に

こだわる人間みたいです。

それも、いつも同じ季節ばかり・・・今度も初春。

何度見ても、御嶽山を仰ぐここの景色は抜群です。

(下の写真、雪の御嶽山)

Ontake1

今回は、ふうちゃんと二人、運転を交代で

中央道を突っ走って、出かけたのです。

東京から行くと、木曽までは5時間ほどかかります。

往復で10時間・・・・

ふつうじゃ、そこまでかけて出かけようなんて

思わない人もいるかもしれませんね。

それでも、行きたい場所・・・といったら、

私たちのこだわりが、

ちょっとわかってもらえるでしょうかしら。

昨日は、ドンピシャリのお天気。

雪を頂いた御嶽山が本当に綺麗でした。

そして、私が大好きな、白樺の林。

Kaida1

今年は、春が遅いので、雪がたくさん残っていました。

雪が残っている、アルプスの山々は、本当に素敵です。

(下の写真、中央道から見た中央アルプス)

Alpus1

山に登りたくなる人の気持ちが、何となくわかる気がします。

今度行くときは、のんびり、ゆっくり、一日ここで

写生でもしてみたい・・・・

そんな、一日でした。

梅は咲いたが・・桜はまだかいな?

池上の梅園の梅が満開です。

じつは、梅園には、例年行くのだけど、今年は遅い。

何せ、私は二度目です。

一度目は、確定申告のついでに寄ってみた。

例年だと、その頃には満開で、綺麗なのですが・・・

今年は、梅園の前にいた守衛さん曰く・・・

「まだ、まだ、全然咲いてません・・つぼみも堅いですよ」と

3月の初めに言われた。

で・・・・まつこと、月末・・・

今頃になって今年は満開だそうです。

Baien6

Baien2

梅は咲いたか・・・桜はまだかいな?

今年の桜は、いつ頃咲くのでしょうか?

散歩

久しぶりに散歩に出かけた。

近くの洗足池です。

やっと、春らしくなりそうな日。

紅梅が綺麗でした。

メジロがきていましたよ。ウグイスではありません。

Umetomejiro1

ヤナギが、芽を吹いていました。

でも、

桜は、まだまだのようです。

春の日差し

東京に帰り着けば、こちらでは、

サクラソウが咲き出し、

チューリップの葉は、大きくなりました。

12sakurasou1

12tulip1

日差しはすっかり春。

東京の日々は、忙しいです。

雪道の散歩

すっかり、晴天の軽井沢です。

こんな日は、ふうちゃんはじっとしていられない。

いつものごとく、中軽井沢の星野温泉に出かけた。

ここの、野鳥の森にお散歩です。

Img_1028

夏は、人だらけの星野温泉も、この季節は人はまばら・・

といっても、春の気配に誘われるのでしょう、

2月に来たときよりは、人も車も多かった。

雪道を、3人で、ぐるっと一周、一時間半。

シジュウカラの声を聞きながら、

楽しい時間でした。

Yukawa1

しかしながら、雪道の散歩はちょっと大変。

はじめの頃は、人が通った跡がたくさんあったので

そんなに大変ではなかったのですが、

そのうち、道は、雪だらけの野原に出て、

一歩踏みしめるたびに、ズボ、ズボ、ズボ・・・

汗だくになりながらの散歩になりました。

Yachonomori3

星野温泉に戻って、いつもの場所、ハルニレテラスで昼食。

最近は、すっかり、行く店が決まってしまった。

こちらに来ると、3つの場所を、巡っております。

一つは、別荘地のレストラン、プリミエール

そして、次が、佐久の草笛、(こちらは蕎麦で有名な店)

そして、ここ、ハルニレテラスの、「希須林

どうも、慣れた店がいいみたいです。

あんまり、私たちって、冒険精神がないらしい。

同じものをいつも、いつも食べております。

プリミエールのお気に入りはディナーについてくる

デザートのチョコレートケーキ。

これは絶品です。

もう、くるたびに、必ずシェフさんが、出してくれます。

ほかのものが出てきたことがない。

ほかの人たちには別のデザートが出ていても、

我が家にだけは、このチョコレートケーキが出てきます。

そして、草笛のお蕎麦はねえ、とにかく量が多い。

普通もりで、東京の大盛りより多いぐらいの量です。

しかしながら、私と娘が、このごろ、いつも食べているのは

蕎麦ではなくて、天丼なんです。

これもねえ、とにかく量が多い。

一人じゃとても食べられないので、いつも、

娘と二人で、一人前を半分に分けて食べております。

それでも、多すぎる量なんですよ。

長野の人は、大食いなんじゃないかと、いつも思っております。

そして、今日行った、「希須林」の定食。

3種類あるのを、全部とって、分け合って食べております。

まあ、そんなことができるのは、家族の気安さでしょうか。

このところ、軽井沢にくると、いつも、このパターンで過ごしています。

霧の中

今日は一日、霧の中にいた。

あたりは、朝からずっと灰色、墨絵の世界です。

軽井沢の霧は有名ですが、我が家のある場所では

どちらかというと、珍しい方でしょうか。

Kiri1

おまけに、今日は、一日中車も人も通らない。

全く、静かな世界。

聞こえてくるのは・・・・・

木の枝の落ちる音・・・・

これが結構、よく聞こえてくる。

木の枝って、おれて落ちるんですよ。

庭のあちこちに、大きな枝が落ちている。

東京にいると、木の枝が折れて落ちる

なんてことには、滅多にお目にかからない。

まあ、木の数が少ないですからね、仕方がないかも。

そして、たまに聞こえてくるのは

小鳥たちの鳴き声。

そろそろ、鳥の巣箱のお掃除をしなくちゃ。

だけど、この雪では・・・ちょっと無理そうです。

今度くるのは来月・・・

ちょっと遅いでしょうかしらね。

Kiri2

雪景色

一月ぶりの軽井沢です。

昨日、トラをつれてやってきたら、

なんと雪景色!!

まずやった仕事が雪かき!!

駐車場に車が入らなくて、

ふうちゃんと二人雪かき作業に汗を出しました。

こんなに積もっている雪を見るのは、

何年ぶりでしょうか・・・

降ってしばらくたつ雪は、固まってしまって

雪かきも大変です。

それで、今朝起きて周りを見回すと・・・・

辺り一面、真っ白の世界でした。

Yukigesiki2

屋根を見上げれば、つららがびっしり・・・・

Turara1_2

家の窓から見ると・・・・・

一幅の絵のようです。

Yukigesiki3_3

今日は、日差しも暖かく、少しずつ春に近づいている軽井沢です。

着物を着る・・・・3

ちょっと、忙しくしておりまして、

続きが遅くなりました。

さて、「やーーーめた!」と宣言して、

着物を売る為の、教室からは、撤退したのですが

ずっと、考え続けておりました。

なにを?

「母の着物を着たい」という、思いについてです。

そもそもは、単に母が残してくれた着物がもったいない

と言うところから始まったお話なんですけどね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だけど、もうひとつ、あるんですよ。

それは、母が亡くなったとき、本当は喪服を着て

葬儀に参加したかった・・・・・ということ。

昔のことですから、私が結婚したとき、田舎の父の姉にあたる

伯母さんから、一揃え喪服をいただいておりました。

その喪服は、主人の母が亡くなったときに、たった一度だけ

母に着せてもらったのですが、それ以後、

父の葬儀の時にも、親戚の方々の葬儀の時にも

一度も袖を通すことなく、タンスの肥やしとなっておりました。

今回、母が亡くなり、葬儀をするとなったとき

着てみたい・・・と、思ったのです。

「喪服を着て、母をおくりたい」・・・とね。

でも、

悲しいことに、自分一人では着ることができない。

ずっと、母任せで、頼り切っていたつけが回ってきたのです。

タンスから出してみた喪服を見ながら、

悲しいなあ、と、しみじみ思ったわけ。

ちゃんと、自分で着られたらいいのになあ・・・・・と。

そんな思いもありまして、今回の一連の事件となったわけ。

で・・・・・・・

やっぱり、一度はちゃんと、着られるようになってみたい

というわけで、あの後、出かけたのです。

ちゃんとした、着付け教室に通おうとね。

「長沼静 着付け教室」・・・・・・

で・・・・・・・・

この4月から、通うことにしました。

ですがねえ・・・・・・・・・・

このブログに、ご意見をくださる方や、

ほかのお友達に聞くところに寄ると、

どうやら、これはあんまり正しい選択ではなかった・・・

ような、気もする。

要するに、着物って、廃れる運命にあるらしい。

一度や、二度ならっても、そのときには覚えていても

普段着るチャンスがないので、そのうち

やっぱり、着方を忘れちゃうらしいのだ!!

そりゃ、そうよね、

着物を着る時って、冠婚葬祭ぐらいなものですものね。

そうそう、人は死なないし、結婚もしない。

となれば、活かせるチャンスがないのですよ。

おまけに、着物って、活動的ではないから

普段着ていると、仕事にならない。

そして、着たら着たで、後始末が大変。

自分じゃ洗濯もできない!!

着物って、どう考えても廃れる運命にある代物だ!!

はて、さて、どうしたものだろうか?

いまさら、またやめるのも業腹だし・・・

またしても・・・・・・・・・・・悩んでいる私です。

着物を着る・・・・2

さて、一昨日初めての着付け教室に行ってみた。

でもねえ・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

これが、大失敗だったのだ!!

ちょっとばかり、けちったのが失敗の元だった!

ハハハ

いい年をして、ちょっと、ばっかり、勉強不足だった。

世の中に、こういう言葉があるじゃないですか

「ただほど高いものはない!」ってね。

つまりね、

「無料で着付け教えます」

という、文句につい、つい、つられちゃったわけ。

これって、やっぱり、それなりのことなのです。

まあね、あちらさんも商売ですからね、ただじゃやっぱり

できないってこと、この年をすれば、

わかって当然だったんですけどね。

要するに、お高い着物を買わせるのが目的だったのだ。

当然と言えば当然。

一応、うたい文句にはこう書いてあるんですけどね。

「着物を買うことが必須ではありません」

しかしながら・・・・・・・

そこはそれ、やっぱりスポンサーが着物の販売ですからね、

先生も、売るノルマっていうのが、あるのでしょうね。

私としては、母の着物を着てみたい

という、大前提があるので

一応、それを最初に言ってみた。

すると、先生曰く

「人の着物は着られません、体つきが違いますから

おまけに、着物にも一応流行もありますし」

とのこと。

それを、言われてしまうと、わたしとしては、

目的が違ってしまいます。

そして、最後にもう一言。

「着物はタンスの肥やしにしてはいけません。

古いものは捨てましょう」

なるほどね・・・・・

捨てて、新しい着物を買えばいい、ってわけね・・・

でもそれって、今時のエコとは反対だわねえ。

おまけに、どさくさに紛れて・・というか

勢いでというか、着物の小物を2万円ほど

買わされる羽目に陥った。

こりゃまずい・・・と、思い、、思い、

どうしてこうなっちゃったんだと、、自問自答しつつ

帰って参りました。

ふうちゃん曰く

「いいじゃないか、それで、着物が着られるように

なるんなら、やすいもんだ」

ふん、そりゃ、2万円ですめば、まあ、

高い月謝を払ったと思えばいいけど、

これから先、問屋だか、着物専門店だかに連れて行かれて

それこそ、何十万円もするような、着物を買わされる羽目に

なったら、それこそ目も当てられないじゃないの。

まあ、私は意志が強いと、自分じゃ思ってるから

やってくる「売らんかな」の、連中を蹴散らす

度胸もあるかもしれないけどねえ・・・・

正直言えば、素敵な着物を見ちゃったら、

ちょっと、買いたくなっちゃう・・・かもしれない・・・

それじゃ、当初の目的は、どこへいっちゃうのよ。

手な具合で、一日悶々としていて、

昨日とうとう、決心した。

「やーーーめた!!」

私の、一大決心は、雲散霧消、霧となって消え去ったのだった。

電話で、すべてキャンセルして、小物も買うのはやめた。

なんと、まあ、あほらしい顛末。

すると、横でふうちゃんが言うのだ

「着付け習って、着物を着られるように

なればいいのにな」と。

なに?

なに?

着物姿の私と、一緒に出かけたいのかしら?

うーーーん、それはねえーーーーー

確かに、私だって、着られるものなら

着てみたいわよ!!

というわけで、続きは明日。

着物を着る・・・・1

着付け教室に通うことにした。

母が亡くなって、残った物の一つに着物がある。

昔の人だから、母は私が子どもの頃には、

参観日ともなると、着物を来てくれた。

儀式があると、着物を着ていた母の姿を思い出す。

お太鼓を押さえさせられたり、紐を渡したり、

よく手伝いをしたものです。

おまけに、母は着物が縫える人だった。

裁縫の先生をしていたこともあるし、

私の振り袖を縫ってくれもしたのです。

それって、すごいことなんだと、後から人の話を聞いて

わかりました。

でも・・・・・でも・・・・・

私は、全く着物が着られません。

お恥ずかしいお話ですが、着物の種類もわからない。

着物の小物の役割もよくわからないし、

もちろん、善し悪しもさっぱりです。

母が生きていた頃は、全く興味がなかったのです。

全く人間って、しょうがない動物だと思います。

生きているときに、もっと聞いておけばよかったのにね。

いまさら、人に習うなんて、あほらしい、ばからしいお話。

でもねえ・・・・・・

そんなものかもしれません・・・・

というわけで、今日は着付け教室の第一日目だったのです。

どうなったかは、また明日。

近眼が治る?・・・2

いつもながら、私の文章は脱線する!

「おまえ、肝心な話はどこへ行ったんだ?」と

横でふうちゃんが、あきれております。

すいません・・・

というわけで、一昨日、ふうちゃんと一緒に眼科に行ったのでした。

それで、まあ、おきまりの視力検査となった。

これがねえ、一緒に行った眼科が、

私にとっては初診だったものだから、

やけに、念入りに見てくださったのです。

終わって戻ってみたら、

ふうちゃんが、「おまえ、随分長かったな」

と言った、くらいですから。

それで、いざ先生のお話となったわけ・・・・

「だいぶひどい近眼ですね」

「はあ、もう、子どもの頃からですから・・」

「白内障が少し出てますね」

「はあ・・・年ですから・・・」

と言う具合なお話で・・・・・・・

「いずれは手術した方がいいかもしれません」

まあ、確かに、そうなんでしょうね。

と、思ったんですが、いつものことでつい、

私一言、言いたくなっちゃったの。

「母が、以前、白内障の手術をしたんですが、ちっともよくならなくて、

結局もう一方の目はやらなかったんですけど・・・・」

どうも、この一言がきっかけだったような気がする。

先生がおっしゃるには、

普通はちゃんと、よくなるんだそうです。

白内障の手術というのは、目のレンズを

交換するようなもので、殆どの人が治るんだとか。

で・・・・・・その説明の最後に一言こう、おっしゃった。

「あなたの場合は、極度の近眼ですから、それも治りますよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「へ?・・・・・・近眼が治る?そんなことあるんですか?」

「程度問題なんですが、あなたの場合は、ひどい近眼ですから

よくなる度合いが、たぶん、大きいかと・・」

はあ????

何せ、私の頭は古いものですからね、

近眼は治らないと、インプットされたままなんですの。

要するに、白内障の手術は、レンズの交換・・・・

なので、近眼の目も交換できるということらしい・・・・

(もう少し、丁寧な説明があったんだけど、私の理解は

その程度でして)

おまけに、ど近眼ともなれば、よくなる度合いも大きい

ということらしいのだ。

近眼が治るなんて・・・・青天の霹靂ですよ!!!

今までの苦労を、思い起こしてみた・・・・・

見えない事に慣れてしまった人生なんですよね。

両眼で眼鏡をかけても0.5ぐらいしか見えてない世界が

もっと見えたら、どうなるのだろう?

しかし・・・・

手術ともなれば、やっぱりリスクもあるだろうし。

「リスクはないんですか?」

「1000人に一人ぐらいですが、失敗することもあります」

なるほどね、その一人にはなりたくないわよね。

そして、最後の私の質問がこれ。

「先生は、手術を勧めるんですか?」

そして、まあ、予想通りのお答え。

「いえ、決断なさるのはあなたです」

結局、私は、この慣れた生活を手放せそうもない。

手術は、先送りとなりました。

見える世界に、魅力を感じるけど

もう少し、このままで暮らそう・・・・・・

見えない目だけど、余計なものをみなくていいともいえますものね。

近眼が治る?・・・1

時代が変わったお話を、昨日書いた。

そうしたら、またしても実感する羽目になった。

今日、ふうちゃんと一緒に、眼科に出かけたのです。

何を隠そう、私は、子供の頃からの、極度の近眼なのです。

極度・・・・と、書きましたけど、

本当に、ひどい近眼、ど近眼なの!!

子供時代・・・正確に言えば、幼稚園時代からだったらしい。

らしい、というのは、見えない状態でずっと暮らしていたので、

見えてないことが、誰にもわからなかったから。

発見されたのは、小学一年の秋です。

今でも覚えております。

背が高かった私は、席が後ろの方だった。

理科の勉強で、草花の絵を見て、何の花か答えるという時間だった。

ところが、私には何の花か見えてなかったの。

だから、時間が終わって、先生に

「先生、花が見えないんだけど・・・」と言ったら、

いきなり先生に、保健室に連れて行かれて、視力検査をされたのです。

それで、近眼と言うことが判明したわけ。

今なら、就学前検診なんていうのがありますが、

昔のことですから、そんなものもなく、ずっとわからずじまいだったのね。

何でそんなことを、今でもはっきり覚えているかというと・・・

その後、家に帰って、母からものすごく怒られたからなんです。

「お前は、毎日暗いところで本ばかり読んでいるから

見えなくなるんですよ!!」とね。

それはもう、こっぴどく怒られました。

優しい母が、あんなに怒ったのは、すごく珍しいことで

子供心に、ひどくつらかったから、覚えているのでしょうね。

以来、ずっと、大学生になるまで、「眼鏡ちゃん」という

あだ名で呼ばれ、男性からは全く見向きもされない、

そんな女の子だったのです。

あらら・・・・全く私って、どうして話が横道にそれるんだろう・・

私がもてなかった話なんて、関係ないのよね。

要するに、私はど近眼だって言うことなの。

怒られたにもかかわらず、以来もずっと、本を暗いところで

読み続けたつけが回ったというか、細かい作業がすきというせいか

とにかく、どんどん近眼の度が進んで、今では殆ど見えていないのです。

どのくらい見えてないかというと、

目標50センチぐらい前まで、あの視力検査表を

移動して測れば、なんとか一番上の文字が見える程度。

要するに、裸眼では、階段を歩けない状態と言えばいいかなあ。

まあ、そんな状態ですから、以前眼科検診をしたときに

「これからも、一年に一度ぐらいは検診した方がいいですよ」と

言われていたのでした。

それで、今回ふうちゃんの検診に、一緒について行ったわけ。

続きはまた明日に・・・

春はまだかなあ?

昨日は珍しく、一日東京も雪だった。

しかしながら、東京の雪って、本当にべちゃべちゃです。

春の雪なんですね・・・・・

このところ、あちこちで歩いてばかりで、

エアロビクスに行けなかった。

そのせいだろうか、とにかく肩こりがひどい。

年のせい、といえば、まあ、その通りなんだけど、

運動不足のせいかもしれないと思う。

というわけで、雪の中を、久しぶりにエアロビクスに出かけた。

こんな、雪の日は、おばさん連中は、お休み・・・・・と

思っていたんですけどね・・・・・

ところが、ところが・・・・・・・

おばさん連中は元気だった!!!

そうよ、日本人のおばさんは元気なのよ。

おばさんだけじゃない、日本女性がとにかく元気なのだ。

サッカーもしかり、マラソンもしかり、何でもかんでも

女性は強い!!

男はどうしたんだ?

あららら・・・・どうも話が脱線する・・・

つまり、この雪の中、エアロビクスは満員だったのだ!!

足の悪い、お年寄りこそいなかったけど、

私の参加したクラスは、いつもと同じように満員だった。

いつも思うのだけど、狭いフロアーで、ぶつかりそうになりながら

頑張ってる私たちって、すごいですよね。

口の悪い兄に言わせると、

「あれを見ると、くるくる回る回転車の中で、

走っているネズミを思い出す」んだと。

要するに、無理矢理運動させられている人間ってことなんでしょう。

とにかく、雪にも負けず、頑張って運動してきたというわけ。

しかしねえ・・・・

そう簡単に、肩こりが治る訳じゃないみたいです。

寒いせいかもしれませんね、首を縮めているせいかも・・・

早く来ないかしら、春!

« 2012年2月 | トップページ | 2012年4月 »

2014年9月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

ピーコのブログ仲間

  • ホタルと月の国
    絵をお描きになる、浜辺の月さんのブログです。 油彩、水彩、鉛筆、パソコンなど、何でも使って描かれた素敵な絵が、たくさん載っています。絵を描くことの楽しさや、感動が伝わってくる気がします。
  • 信濃はまほろば
    信濃追分に週末住宅をおもちの、ヘンゼルさんのブログ。 自然、ひと、美しい物すべてを、素敵な写真で表現されています。
  • ふうちゃんの軽井沢滞在日記
    ふうちゃんが軽井沢から滞在中の出来事を発信しています。さらに、東京からの発信もあります。
  • ひとりごと
    絵をお描きになる、ぴえろさんのブログです。 日々の暮らしを楽しんでいらっしゃる様子が、素敵な絵と文章で表現されています。表情豊かな人物の絵がとても魅力的です。
  • ひなたぼっこ
    いろいろなことに、興味津々のタムさんのブログ。 あちこちにいらっしゃって、素敵な写真がいっぱいです。名前通り、心がぽかぽか、ほっとするひとときが待っている場所ですね。

ピーコのおすすめ!

  • ピーコ&ふうちゃんの部屋
    ピーコと、ふうちゃんが最初に立ち上げたHP! さっぱり理解できないパソコンと格闘して、どうにか作った代物です。
  • P&F in Karuzawa
    ピーコとふうちゃんのお部屋からおいだされたふうちゃんが、独立!軽井沢の風景、内田康夫の名所案内、軽井沢滞在日記などがあるHPです。

acces