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軽井沢の花たち

  • ツリフネ
    軽井沢の庭に咲く花を集めてみました。東京では見られない花がたくさんあるのに、驚きます。

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鬼の霍乱・・・3

トラはどうやら、治ったようだ。

痛い注射を打ってもらって
家に帰り着き
もう、人間不信になるかと
おもいきや、母は別らしい。

母の布団に潜り込み
すっかり定住してしまった。

このところ寒い日が続いている
せいかもしれないが、
とにかく、ひたすら母の布団。
母が、また、益々甘やかして
トラにご奉仕。

布団を占領されようが
腕を枕にされようが
されるままです。

何度かおう吐していたので
大丈夫かと、思っていたが
帰ってからは
1度おう吐したきりで
昨日は一日何事もなく
終わった。

今まで、たっぷりやっていた
餌を、半量に減らし、
先生がくださった
試供品の、アレルギーのない
猫の餌に変えて
一寸ずつ、一寸ずつ
食べさせている。

食べる量が減ったせいか
動きが減って、
益々寝てばかりの
猫になったけど、
とにかく、一応治ったようです。

家中ほっとしています。

で・・・・・・・・
一段落のはずだった・・・・
ところが・・・・
ところが・・・・・
ところが・・・・・・・・・・・・・
もう一つ、鬼の霍乱が・・・・・・・・

トラを病院に連れて行ったり
心配したり、色々あって
今度は、私がダウンした。

どうやら、風邪のようです。

昨日一日熱のため
寝込んでいた。

寝込みながら
「トラの様子はどう?」と
上に上がってくる娘に
聞いていた。

今日は、3月31日!
そう、ふうちゃんの退職の日だ!
最後の日に、なんと、妻は寝込んでいる・・・・
ああ・・・・・
これも人生だなあ・・・・・

「おい、俺が長年の勤めに疲れて
寝込むというなら、納得できるけどね
何でお前が寝込むんだ?!」と、
ふうちゃんが言う。

そりゃ、まあ、そう言われれば
確かに、そうかもしれないけどさ・・・・・

要するに、
夫婦、一心同体ってやつよ!
貴方の代わりに、
私が、疲れちゃったのよ。

何せ、このところ毎朝、
ハイテンションの
ふうちゃんにつきあわされて
朝のはやくから、たたき起こされて
夜は夜で、毎夜、あちこちの
お別れ宴会で遅いのに
つきあわされてるんだから。

ちょっとは、そのあたりを
ご理解いただきたいものだわ
フン!

最後はやっぱり、
フンのピーコなのです。

鬼の霍乱・・・2

トラは、病気です。

昨日から、もう、何度も戻している。
こんなトラの姿を見るのは、初めて。

娘も母も、私も、オロオロ・・・

私もオロオロするのだから、
これはもう、本物の病気です。

昨日の朝、前の晩一寸食べさせた食事
(パックの柔らかい鮪の餌)を
何とか戻さないでいたので
治ったのだろうと、一安心していた。

ところが、
9時頃(食べてから2時間ほど経って)に
また、食べたものをすっかり戻してしまった。

そこで、これはもう病気に違いないと
医者に行くことにしたのです。

出かけた先は、
トラをもらってきた、動物病院。
自転車で5分ほどの、駅前の
病院です。
なにせ、元気が取り得のトラ
もう、それこそ、前に行ってから
5年以上は経っている。
先生も、助手さんも、トラのカルテを
探すのが大変だった。
なかなか出てこないのだ。

やっと出てきたカルテを見ながら、
「どんな具合ですか」と先生が聞くので
いままでの状態を話しました。

それからが、大変だった・・・・
何が大変か・・・・
実はね、私、こんなに色々聞かれるとは
思っていなかったんです。

だいたい、
人間の病院に行っても、
問診はこんなに聞かれない気がする。

「今までと変わったことはないか」
「食べ物は、どんなものを食べてるか」
「家の中は、変わったことはないか」
「どこかで、ゴミあさりをしないか」
「食べてからどのくらいで戻すか」
「便の状態はどうか」
「尿はどのくらいの頻度で出るか」
「水を飲みすぎないか」
「餌を変えていないか」
などなど・・・・・

正直言えば、私・・・あんまりトラを
シッカリ見てないのよね。
一つには、トラは下の母の所にいる猫で
我が家にいるわけじゃない、という
言い訳も成り立つんだけど
それより何より、
私たち、トラが元気なのが当たり前でして
病気になることを想定していない。

だから、とにかくトラを
そんなにきちんと、見てないし
管理もしていなかったのです。

仕方がないので、
私が見ている範囲のことを
述べていたのだけど、
どうやら、それが先生には
お気に召さなかったらしい・・・

「猫は、口を利けないのですから
ちゃんと飼い主が、観察してしっかり
見ていなくては行けません」とまあ、
しっかり、お説教をされてしまった。

この先生、
とにかく、蘊蓄が長い・・・
(開院最初の患者で
しかも、他に誰もいなかったのが
長くなった原因かもしれないけど)

じつは、
このところ太り気味なトラのために
餌を、2週間ほど前から
ダイエット餌にしたのだった。
その話をしたところ、

「餌を変えるときには、
急に変えては行けません、
少しずつ、これは大丈夫かなと
様子を見ながら、
一寸ずつ、一寸ずつ変えるのが
常識です」

はあ、常識ねえ・・・確かに
確かに、餌の表示にもそんなことが
書いてあった・・・
(と言っても、それに気がついたのは
帰って、餌の袋を初めて
真面目に読んでみて気がついたのだけど)

何しろ、今まで
トラは、何でも食べる、それこそ、
どんな餌に変えようと、
全然気にせず、好き嫌いもせず
何でも、パクパク食べちゃう
大食らいの猫だったんですからね。

そのトラが、
まさか、餌を変えたぐらいで
戻したりするはずがないと、
我が家の誰もが、
思いこんでいたわけです。

「この頃、猫の食物アレルギーが
よく起こっているのです」と
先生がおっしゃる。

はあ?猫の食物アレルギー?
そんなのあるの?って、思っちゃいますよね。

それからが長かった・・・(話がね)

「猫は本来、ネズミやら、バッタやら、
何でもそこいらにある動物を食べて
暮らしていたンですよ。
それがね、人間の都合で
簡単な、キャットフードに変えられて
人間の方も、楽だし、作る方は
売れて儲かるしで、お互い都合がいいから
食事が変えられた訳です。
だけど、人間の作ったフードは
自然じゃないからね・・・」
とまあ、つまり、先生がいつも
思っておられる自論を述べられた・・・・
(のだろうと、私が思っている)

確かに・・・・
人間のアレルギーも
今まであった、蚤やら、回虫やらが
清潔ということのために
なくなったことによって
起きてきたという、話を聞いたことが
あります。

人間の免疫が、
おかしくなったように
猫の免疫も、
人間の都合で、勝手に
弱められているのかも・・・

トラも、綺麗に清潔にということで
猫は水嫌いにもかかわらず
お風呂に入れたり、
綺麗に洗ってやったりして
どんどん、弱くなっているのかなあ
と、思ったりもします。

私としては、
てっきり、風邪を引いたぐらいにしか
思っていなかったんですが、
どうやら、食事が悪かったらしい。
勝手に変えた、ダイエットフード
これが原因らしいのです。

でも、それって本当だろうか?

だって、トラは、
そのフードをもう、一パック食べちゃってる。
そのくらい、食べた後で
おかしくなるなんてことあるかしら?

疑問は残るんですが
まあ、今回は、そのあたりで
結論になった。

ただし・・・
これで治らなかったら、
もっと悪い病気かもしれない
そうなると、血液検査になるそうな・・・

だけど・・・
だけど・・・
3本も注射されて
3本目は、もの凄くいたかったらしく
それまで、おとなしかったトラが
急に「ニャン!」と叫び声をあげて
飛び跳ねた。
以来、先生を見れば
「フーーーッ」と叫んで、
威嚇して、怒りまくっていた。

「ゴメンね・・・痛い思いさせて」
震えているトラを、しっかり
押さえながら、何度も何度も
トラに謝っている私。

きっと、益々、私が嫌いに
なっているだろうなあ・・・
もう、あのケージには
おとなしく入ってくれそうもない。
まあ、今までも、あのケージには
よい思い出がないから、
入りたがらない、トラでしたが
この一件で、今までにもまして
嫌いになったことでしょう。

さて、
どうしよう、・・・・・
あれから1日、
いまだに、トラは
戻しております。

「猫が戻したときには
一日半以上は、食事を
やめさせるべきです」
という、先生のお言葉。

それによると、
とらは、まだまだ、ずっと
絶食しなくてはだめのよう・・・
可哀想だなあ・・・
でも、先生のおっしゃることだし・・・
守らないとね。

この先生、蘊蓄は長いけど
本当に、動物のことを
心配していらっしゃる様子は
シッカリ感じ取られます。

立派な先生みたいです。

家に帰って・・・・
トラに声をかけるのだけど
どうやら、
私は、嫌われた・・・・
「この人、信頼できない」という
顔で、見られている・・・
相変わらず、私の片思いなんだなあ・・・

「トラよお・・・そんな、怖い顔で
にらまないでよ・・・
病気早く治してあげたいだけなんだからね」

さて、この思い、
通じるだろうか?

鬼の霍乱?

トラの様子が、おかしい。

トラ・・我が家というか下の母の所にいる
茶トラの雄猫、11歳。

もう、だいぶ年ですから、
身体が弱っていてもおかしくはない。
でも、いつもはとにかく元気。
よく食べて、寝て、出して
寝てる。
本当によく寝てる猫です。

まあ、猫なんだから
寝ててもおかしくはないんですが
とにかく寝てる猫なんです。

そのトラが、
2,3日前からおかしい。

おかしい・・・というのは、
寝てるからじゃない、
食べなくなっちゃったんです。

こりゃ、絶対おかしい。
トラが食べないことなんて
今まで、11年一緒にいるけど
小さいときに、風邪を引いたときぐらい。

あのときも、
食べなかった。
えさを前に、首をかしげてた。
食べたそうにしているんだけど、
食べない、食べ物を前に
考え込んじゃってた。

しかし、今回は違う。
今回は、食べ物を前に、考えてない。
そもそも、食べないのだ。
餌が茶碗に、しっかり残ってる。

餌が残っているなんて
前代未聞だ!!

奇跡だ!!
いや、いや、奇跡というのは
いいことに使うんだから、ちがうね、

珍事だ!!
珍事も、ちがうかなあ、
とにかく、今までになかったことなのだ。

そうなると、我が家は
大騒動・・・・

娘がまず、
「病院に連れて行こうよ」
と、騒ぎ出す。

食べ物を食べないなんて、
あの大食漢のトラにしては、
確かに、どうかしてるわけで、
どこかたぶん、具合が悪いのだろう。
そういえば、昨日から
2度ほど、戻しているし・・・

「とら、大丈夫?
どこか、具合が悪いの?
どこが悪いか、教えてよ」
と、つい、聞いてみるんだけど、
何せ相手は猫。
答えるわけもない。

「鰺でも、買ってきて、
食べさせてみようか」と、母。

「鰺より、カニカマじゃない?
トラが好きなのは」と、私。

トラが座っている場所が
寒そうだと、気がついた母。

「トラを、日向に運んでよ」と、言う。

普段だったら、ひょいとつまんで
ドスンと、落とす、待遇が
今回は、まるで、優勝杯を持つごとく
捧げ持って、トラを運ぶ。

全く、トラって、
とんでもない、お宝猫なんだわ。

「トラ、
おまえ、鰺と、カニかま、
どっちを食べてみたい?
たまには、返事してよ」

相変わらずの「ニャーゴ」だけ。
明日は、病院へ行くことになりそうです。

侍ジャパン、おめでとう!

ちょっと、遅ればせながら・・・

侍ジャパン、勝ちましたね。
おめでとうございます。

あの日
韓国との決勝戦の日、
戦いの最中に、私は、
エアロビに出かけた。

実は、数年前にも
同じような経験をしたことがある。
ワールドカップ、
ニッポン対トルコだったかなあ
あのときも、その最中に
私は、エアロビやってた。

でね・・・・
今回も、その前の時も
エアロビクスをやっている、
スポーツクラブはガラガラ。
人がいないんですよ。
しかも、来ている僅かな人間が
エアロビやらないで
テレビを見ているのだ。

インストラクターの先生も
「野球を見ないで、お越し下さって
ありがとうございます」と、コメントするし。
ひと運動すると、直ぐにまた
みなさんテレビの前に
どっと集合。

エアロビの受付のお姉さん曰く
「さっき、日本が1点取った時、
ワーッという、歓声が上がりましたよ」
日本は、一つになった、
ということみたいです。

エアロビが終わって、
スーパーに寄れば、
そこもまた、
客がいない・・・・・・
閑散とした、寂しい状態。

帰り道、
自転車で走れば、
人が歩いていない・・・
どうやら、本当に、
日本中の殆どの人間が
テレビの前に、陣取ってたらしい。

凄いことですね。
スポーツって、そういう
不思議な、力を持ってるんですね。
日本人は、最近、そういうことが
ないと、ずっと言われてきたのに・・・

愛国心と言うのでしょうか
どうしても、自分の国が
勝って欲しいと、思ってしまう。
それって、
本当に、どうしようもない感情なんですね。
私も、見ているとつい、思ってしまう。
負けると、悔しいと思うし、
相手が憎らしいと思う。
この感情って、ある意味
怖いなあと思うんです。

で、まあ、そう言う感情が苦手な
私は、つい、逃げ出したくなっちゃうわけ。

それにしても、
勝負事は、勝たなくちゃダメですね。
負けると、ぼろくそに言われる。
同じように、一生懸命やっても
負けると、ダメなのだ。

とにかく、

勝った侍ジャパン
おめでとうございます。
なんの、かんの言っても、
結局のところ、
私も、嬉しいのよね。
何度も、勝ったシーンを
テレビで見て、ニッコリしている
自分がいるのですから。

朝のひとこま

我が家は、ふうちゃんの出勤から始まる。

まあ、当然かな、勤め人ですからね、ふうちゃんは。
結構、これが早くて、6時半頃にはもう、家を
出ていってしまうのです。

それにあわせて、私は食事を作るわけ。
作る・・・なんていうとおこがましい。
なにせ、私、料理嫌いですから、
大体が昨日のあまりの
寄せ集めなんですけどね。

ただね、
私は、どちらかというと、低血圧。
低血圧って、ご存知かどうか分からないのだけど、
朝がとにかく、ダメなの。

起きても、半分寝てる・・・・
頭がぼーっとしているから、
何となくみそ汁を作って、何となく
チンして・・(電子レンジね)
何となく、出してるわけ。

その間、ふうちゃんはというと、
これがねえ、ふうちゃんは高血圧。
朝から元気なの。
とにかく元気!

昨日の仕事場の様子やら、
出会った人の話やら、
何でもかんでも、とにかく話す。
ほぼ、一方的にね。

だって、私、まだ気分は
殆ど寝てるんだもの。
「そうなの」
「ふーん、」
「それで」
てな具合で、相づちは打ってる。
だけど、話は、左の耳から
右の耳に消えているのだ。

ふうちゃんの方は、
私が聞いていようが、ぼーっとしていようが
とにかく、自分の話を勝手に
まくし立てて、満足して、出かけてしまうのです。

まあ、これが、今までの我が家の朝の風景。

しかしながら、
考えてみれば、それも、あと数日で
終わるわけです。

ちょっと、こりゃまずいかな・・と
いう、考えが、頭をよぎった。
だって、寝ぼけ眼で、ぼーっとして
大黒柱のふうちゃんを送り出すなんてね。
主婦の沽券に関わるかも・・・
(いまさら、そんな沽券なんてねえ・・といわれそう)

そこで、あと、数日となった先週末から
考えを改めた!!

よーし、
模範的な主婦のまねことでもしてみるか・・・
ハハハ
いまさら・・だよねえ・・・
でも、いまさらでも、やらないよりはましかも・・・

というわけで、
やってみたわけ・・・・

何を?

料理をちゃんと作る?
いえいえ、料理を作る頃は
まだ寝てるの、私。
それで、どうにか目の覚める頃に
出来ること!!

ご主人様、送り出しの礼儀!!
三つ指ついて、
(やろうとおもったら、我が家
マンションでして、座って、三つ指は無理だった)
そこで、90度の最敬礼
「いってらっしゃいませ」

先週からやっているんだけど
私がやるタイミングが悪かったらしく
先週は気がつかなかった。

で・・・・
今朝ほどは・・・

早めにやってみた!

最敬礼
「行ってらっしゃいませ」
ペコ・・(頭を下げた音)

見ていたふうちゃん、

「おまえ、どうかしてるんじゃないか?」

「だって、最後だもの、ちょっとは
真面目な主婦しないと・・」

それを聞いたふうちゃん、

「ガハハハハ!!」

朝から、玄関先が大騒ぎの
一日の始まりだった。

春の気配の軽井沢

一ヶ月ぶりの軽井沢です。Img_2619

昨日、車で軽井沢に入ったら
気温7℃。土砂降りの雨でした。
家に入り、炬燵で休んでいる間に
雨が上がった。
外に出てみれば、暖かい。

今年は、やっぱり暖かい気がします。
まだ、落葉松などの木々は茶色のまま。
もう暫くしないと、芽吹かない。Img_2616
だけど、
気配は、春ですねえ。

雨上がりの庭に
春を探してみました。

タラの芽がちょこっと出てる。
蕗の薹が出てる。
まだ芽吹かないけど
ふくらんでいる木の芽。
そして、
チューリップが、芽を出した。
道路側の日当たりのいい場所。
ここだけは
我が家の庭の中でも
一番の日当たりです。
そこに、昨秋植えたチューリップの球根。Img_2612

東京の庭のチューリップは
もう葉が大きく出て
花が咲きそうな勢い。

こちらはまだ、
芽が出たばかり。

東京と軽井沢の違いですね。
もうすぐ、春がやってくる、
気配がする軽井沢です。

公開授業・・・おまけ

授業が終わって、1週間以上が経ちます。

ふうちゃんのお仕事も、最後の卒業式を
待つばかりになりました。

毎日忙しく、お仕事をしている
ふうちゃんが、ブログを読んで、コメントを
載せてくれました。

最後に、おまけとして
付けさせてもらうことにしました。

ピーコさん
 授業公開についての連載
お疲れ様でした。
 最後の授業と言うことで
久しぶりに参観して
もらいましたね。
 わたしとかかわりのあった
多くの人たちが雨天にもかかわらず
多く集まってくれたことは
嬉しいことでした。
 あなたが参観して、
感じたことについて書いてくれたことも
嬉しいことです。

 ところで、学習というのは、
今までの自分の見方、
考え方を変えていくことだと思います。
 江戸時代の殿様に対するイメージを変える。
 歴史にかかわった人物についてイメージを
変えることがこの授業の意図です。
 子どもたちは、教科書に出てくる人が
歴史を作っているととかく思いがちです。
 しかし、出てこない人でも活躍した人が
いることを知らせることが大事だと思います。
これは、前任校で黒船来校を取り上げ
黒船と最初に接した
浦賀奉行所の与力中島三郎助と
オランダ語通訳堀達之助を取り上げて
授業をしたときの子どもの感想から知ったことです。
 名も亡き人も歴史に大きく関わっていることを
小学校の最後の知らせることは意味のあることだと
とらえています。

 今回は上杉鷹山を取り上げ、その業績から
江戸時代に対するイメージが変わった子が多く
いたようですね。
もちろん鷹山も小学生の教科書には出てきませんから
上で述べたことを知らせることにつながって
いくと思います。
 また、当時の上杉藩状態に日本も世界もなっている
ことに気がつく子がいればいいと思っていました。
そのことについて一人の子が気がつきました。
その点で満足しています。
 最後に、強いて言えば
自分も歴史にかかわっていると言うことを知ることに
つながってくれればとと思います。
 連載の内容、面白く読ませてもらいました。

★ふうちゃんへ

いよいよ、終わりですね。
37年間、お仕事ご苦労様でした。

最後に、私の我が儘を聞いてくれて
ありがとうございました。
ふうちゃんが子供達を相手に授業をするのを
見るのは、きっとこれが最後でしょうね。

楽しい、素敵な授業をみられて
とても嬉しかったです。

文の最初にも書きましたが、
小学校の玄関を入ったときの
子供達の歓声・・・・
その懐かしさ・・・
自分でも思っていなかっただけに
凄くショックでした。

ふうちゃんも、
よく分かってると思うのですが、
私は、先生としては、落第生で
自分が教えた学校に、
いい思い出は殆どありません。

それでも、
それでも、
あの声を聞いたとき、
「懐かしいなあ・・・」と、思ったのです。

ふうちゃんは、もうすぐ
小学校という場所から身を引きます。
きっと、
きっと、
沢山の思い出と、
懐かしさを、これから抱えることになるでしょう。

素敵なお宝をたくさんもって、
第二の人生をお互いに頑張りましょうね。

公開授業・・・6

さて、
最後に、授業の終わりに
子供達に書いてもらった
授業の感想、気がついたことなど
子供達の考えたことを
ご紹介しましょう。

ふうちゃんは、これまでも
何度か6年生を対象にして
授業を行ってきています。
前の学校、そして今の学校の2校で
9回ほど。

そのたびに、終わった後に
子供達の考えを
文章に書いてもらっているのです。

ふうちゃんにとっては、
これは宝物・・・・

なぜかというと、
授業では、今回もそうですが
発言する子は、限られています。
自分の考えを、言葉にして
話せる子供というのは、
少数なんです。

だからといって、
そのほかの子供達が
何にも考えていないのか、というと
そうではありません。

ちゃんと、色々考えている!

ただ、人前で話せない・・・だけ・・

そういう、
子供達が大勢いるのです。
その子供達の考えの中には
とっても、素晴らしいものが
あったりします。
そんな埋もれている子供の
考えや、意見を採り上げることで
授業が、もっと深まったりすることが
あるらしいのです・・・・
フフフ、
これってふうちゃんの
受け売りなんですけどね。

そして、これはもう、不思議としか
いえないのだけど、
そういう、消極的な子供が
自分の意見が採り上げられて
みんなで考えてもらえたという
経験をすると、
ある日突然、豹変する事がある。
自信を持って、
発言する子になるかもしれないんです。

こどもって、ものすごーーーく
変わるんですよ!!

こればかりは、
教師をしたことがないと
分からないかもしれません。

そんな一瞬を目の当たりにしたりすると
それこそ、教師冥利とでもいうのでしょう
やめられなくなっちゃうらしい・・・

というわけで、
ふうちゃんにとっては、
子供達の、感想や考えは
お宝なんですって!!

そのお宝を
ちょっぴりご紹介しましょう。

個人情報にふれるといけませんので
本当は、子供の言葉で
書くと、すごくいいのですけど
要約させていただきます。

その1

お殿様は、えばっていて農民に
すべて押しつけていた思ったけど
そうでない、お殿様もいたと分かった

この意見が凄く多かったですね。
お殿様のイメージが一変したようです。

その2

鷹山みたいなお殿様がいたことを
みんなに知ってもらいたい

その3

小学校の体育館に飾ってあるのは
「あきらめるな」ということを
言いたいのだと思う

こうなると、まさに道徳になっちゃうかも・・・
鷹山の例の文句が
頭に浮かんできませんか?

「なせばなる、なさねばならぬ何事も
なさぬは人の、なさぬなりけり」

そして、最後に、
ふうちゃんと、私が、喝采の声をあげた
一番の感想!!

その4

今のような、こんな状況になったら
偉い人が出てきて、(多分鷹山みたいな人
と言いたいのでしょう)
思い切った決断をして欲しい

いましたよ!!
クラス30人の中に、一人!!

ちゃんと、歴史を現在に応用している子が!!

ふうちゃんの、ポツリと言った一言に
答えてくれた子供がいたんです。

嬉しいですね。
凄いですね。
子供って、本当に凄いと思いませんか?

まあ二人で、
感動して、喜んでいた
ここ数日でした。

で・・・・・・最後に
一緒に行った娘のにも、
ちょこっと感想を聞いてみた。

私としてはですね、
普段、家にいるときの
いい加減なぐうたらパパしか見ていない
娘に、違った姿を見せるのは
意味のあることじゃないかと
思っていたので

パパって、凄いなあとか
パパって、大変なんだね

とか
そんな返事を期待していたわけです。

そうしたら

「パパって、大変だってことが
よく分かったよ」

と、言ってくれた・・・・・・・

そこまではよかった・・・・・

「どうして?」

「だって、私、パパの学校、行くだけで
もう、疲れちゃったもの。
毎日、あそこへ、かよっているなんて
本当に大変だよねえ」

へ?・・・・・・・・・・へ?・・・
あんた、そんなこと考えてたの?

授業のこととか、内容とかについての
考えはないのかい!!

もう・・・・・・・・・
相変わらず、とんちんかんな娘だこと・・・
まあ、いかにも娘らしいけどさ・・・

いいか・・・
それでも、パパの大変さが
ちょっぴりでも分かってくれたんだから・・・

てな、ぐあいで・・お粗末な結末で
ありました。
お読み下さって、ありがとうございました。

公開授業・・・5

1時間の授業は、終わりました。

この後、見学者達は、校長室で
色々話し合いが、あったそうですが
私と娘は、静かに帰りました・・・
だって、6年2組の親の一人のつもりで
やってきたのですからね。

そうそう、ふうちゃんの高校時代の
お友達と新宿駅まで一緒だったんです。

その彼女が
「○○君(ふうちゃんのことをいつも
そう呼んでいたらしい)
ちーっとも変わらないのね。
高校時代と、全く同じだわ」
と、おっしゃるのです。

どんなところが、変わってないのか・・・
私としては、とっても興味があるところ
なんですが・・・・

「○○君はね、
時々指揮者のM君と喧嘩するのよ
○○君が音楽部の部長で、
私が、副部長だったから、
私は、その喧嘩の仲裁役だったのよ」

うーん、
成る程ね、ふうちゃんは
高校時代は喧嘩っ早かったのね。
知りませんでした・・・

「その喧嘩の時の
挑戦的な態度が、授業中の
格好そのままなのよね」

へえ・・・・・・
そうなんですか・・・・・
ふうちゃんって、授業中に
子供達に、話を聞くとき、いつも
腕を組んで、うなずいているんです。
その格好が、私はどうも好きじゃない。

だって、どこかのやくざの親分か
柄の悪いおじさんが
いちゃ問付けてる、そんな
格好に見えちゃうんだもの。
何となく、柄が悪い・・・
品がない・・・・・・・・・・

(横でふうちゃんが、・・・・にらんでます・・・・)

とにかく、
見ているこっちの方が
恥ずかしくなっちゃう・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

でも、
この心境は、不思議ですね。
ふうちゃんが、人前のいろいろな場所で
話をする機会があるんですが、
それを一緒にいて
聞いている時って、正直言えば、
私の方がハラハラしている。

「あの馬鹿、またドジらないかしら
おかしな事言って、
顰蹙を買わないかしら」
などと、心配になっちゃう。
本来、ふうちゃんは、人前の話なんて
慣れていて、心配することは
ないのかもしれないのだけど
私は、そういうことは全く
苦手なものだからついね・・・
余計な心配をしてしまうんです。

これって、身内の証拠だなあ・・・
ある意味、夫婦の一体感なのかもね・・・

あららら・・・ら

どうもまた脱線してしまった。

そうなんです・・よ・・・・
何が言いたかったかというと、
ふうちゃんは、今回の公開授業に
あらゆる関係の人を集めちゃったんです。

不思議な集団が
この日の教室に集まってきておりました。

その一人が、
一緒に帰った、高校時代のお友達
だったんですが、
他にも、いろいろな方が
いらっしゃっておられました。

実は、この教室で
不思議な再会があったそうです。

ふうちゃんは、以前
国立の付属小学校に勤めていた
事があります。
(もう、退職なので以前の職場の
話もしてもいいだろうと、許しをもらって
かいております)

付属の小学校というのは
一般的には、優秀な児童の集まり、
進学校というイメージでしょうけど
本当のところの意味は、
学校の先生を育てる学校なんです。

つまりね、
毎年、数多くの教生の先生
(先生の卵の大学生)
がやってくる学校なんですよ。
大学生に、先生になる練習をする場を
与えている学校、といったらいいでしょうか。

ですから、
ふうちゃんは、今までに何人もの
学生を相手に、先生になることの
意味や、やり方を教えてきた
ということになります。

その教生だった大学生と
その時児童だった教え子が
この教室で
ばったり、再会した!!

もう、お互いビックリだったそうです。

「あらーーーーK先生じゃないですか!」

「まあーーーーYさんなの!!」

というぐあい・・・だったそうで・・・・

だって、何十年も前に
一度だけ・・・正確に言えば
教生実習中の3週間だけ、
かかわった人に、会ったんですからね。

でも、
お互い相手の名前を
ちゃんと覚えていたそうです。
きっと、お互いにとって
印象的な実習生と児童
だったということなのでしょうね。

それだけではないのです。

じつは、この日には、もっと嬉しい
人も来ていてくれたそうです。

ふうちゃんが、一番最初に教えた子供です。

37年前、一番最初に教えた、子供達。
今ではもう、すっかり大きくなって
子供もいる、おばさんになっておられる人。

おまけに、その子はね、
この日(3月6日)の数日前に
お母様が亡くなりなったばかりだったのです。
8日にお葬式という、とんでもなく
忙しいときに、わざわざやってきてくれた
のでした。

ふうちゃんが、最後の授業をするという
お手紙を出したとき、
お母様はまだ、生きていらっしゃった
のだそうです。
カレンダーに

「3月6日 ○○小学校に行く」

というメモがつけてあったといいます。

お母様は、娘さんに
「一緒に行こうね」と、
話しておられたそうです。
そのお母様が、急死されてしまったのです。
あとには、お母様が書いた
メモだけが残った・・・・

残された娘さんとしては、
このメモはもう、
お母様の遺言のようなものだから
私だけでも行かなくては、と
一人でやってこられたとか。
終わった後、

「私の目と耳を通して、
母も○○先生の授業を
見ていたと思います」

というメールを送って下さいました。

そういうのって、なんか・・・・すごいなあと
思ったりします。

勿論ふうちゃんは、感激していました。
お葬式を控えた、とんでもない日に
雨の中を、わざわざやってきてくれた
のですからね・・・・

いろいろな、人と人との出会いがあった
今回の公開授業・・・
ふうちゃんは、人間大好きですからね
こういうのがすごく嬉しいようです。

実は・・・私にも、
素敵な出会いがありましたの。

それはね・・・
ふうちゃんの前の学校の
保護者のおひとりなんですよ。

その方・・・実は私とも仲良し。
フフフ・・・

と言っても、実はこの日が初顔合わせなんです。
だって、この場で知り合った方なんですもの。

そう・・・この場・・・・
つまり、ブログで知り合いになった方なんです。
時々、ブログやら、HPの方に
お便りをくださる
MMさんとおっしゃる方。

ふうちゃんから、
案内のお手紙を出したから
きっと、いらっしゃるだろうと、
言われていたんです。

そうしたら、
MMさんの方から、

「ピーコさんと、桃さんでしょうか?」と
お声をかけてくださいいました。
私が、ふうちゃんの高校時代のお友達と
おしゃべりしていたのを、きかれて
たぶん・・・と思われたのでしょう。

お声をかけてくださって
ありがとうございました。
雨の中、わざわざお越し下さって、
大変だったことでしょう。
お会いできて、とっても嬉しかったです。
おまけに、素敵なお礼のお手紙もいただき、
ふうちゃん共々、感激しております。

なんだか、同窓会みたいな
とっても、不思議な一日でした。

ふうちゃんは、こんな会が
すっかり気に入っちゃって、
またまたとんでもないことを、
企画しております。

たぶん、それは・・・・・
一段落した
秋頃になるでしょうか・・・

え?どんなことをやるのかって?

フフフ、
それは後のお楽しみ・・
ということにしましょうよ。

さて、
そんなこんなで、めでたく
公開授業は終わったのでした・・・・・

あ・・・・・・・そうでした・・・・
お約束の、子供達の感想を
書いていませんでしたね・・・・
それは、また明日ということで・・・

公開授業・・・4

米沢藩が、鷹山の時代には、
殆ど財政破綻を来していた、という話を
ふうちゃんが説明したところでしたね。

このときの藩の借金が
約20万両といいますから
今のお金にして200億円ぐらい・・・
と言う説明がされても、
正直言って、小学生にはピンと
来てなかったかも。

その結果、農民への重税となって
苦しい生活をさせられていたわけです。

農民がどんな暮らしをしていたか・・

ここでふうちゃんが紹介したのは

農民が逃げ出す、ということと
「間引き」という言葉です。

「農民が逃げ出す」のは、
そのままの意味ですから、
分かると思うのですが
「間引き」はちょっと難しい言葉です。
しかし、子供達の中に、一人だけ
その言葉の意味を知っている子がいました。
「植物を育てるときに、良い苗だけ残して
悪い苗を抜き取る」
という意味だと、説明してくれました。

それを受けて、
ここでは、植物ではなくて、
人間の子供のことだということ、
つまり
子供が産まれても、育てられないから
そのまま殺してしまう、それくらい
農民の生活は、逼迫していたことを
話していました。

要するに、この時代の米沢藩は
もう、死にかかっていた・・・・・・・・・・
なんとなく、大変な状態だった、
ということが子供達にも、
すこしずつ、分かってきた
というそんな感じでした。

そこで、
もう一つの学習問題が、提示されました。

「こんな状態で鷹山は
何をしたのだろうか?
君たちが鷹山になったつもりで
考えてみよう」

Kojo_04

後からふうちゃんに聞いたのですが・・・
この事を一番、やりたかったのだそうです。

もう、お読みの方は、何となく気がついて
おられるでしょう?
・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

そう・・・・・・なんですよ・・・・

なんだか、この鷹山の時代は
今の時代に似ていませんか?

今、丁度、アメリカの金融危機に始まって、
まさに世界が破綻しようとしている
そんな世の中ですものね。

「だれか、子供達の中に、今と似ていると
気がついてくれると、いいんだけどなあ・・」と
ふうちゃんは、ボソっとつぶやいていました。

そんな世の中をどうするかを
考える子供になって欲しい・・というのが
ふうちゃんの願いだったのかもしれません。

ここで、一番ふうちゃんは時間をかけました。
10分間、子供達を、グループにして
討論させたのです。

その間、ふうちゃんは、グループを回って
どんな話し合いがされているか
聞き取っていました。

そして、
10分後、班ごとに発表していく事になります。

この発表が面白かった!

子供達って、面白いことを考えるなあと
思わず、笑ってしまいました。
教室にいた、見学者達も
思わず、にっこり・・・

その発言とは?

その1・・・自分が鷹山だったら
        逃げ出す!
      そんな、借金だらけの藩はほっぽりだして
      さっさと、逃げる。

その2・・・弱い国をみつけて、攻め落とす
      そして、自分の領地を広げる

この2つがねえ・・・
思わず、「あら、まあ・・」と、感心してしまったのよ。

1の意見、については、
何となく、今の子供らしいなあと、思いませんか?
イヤなことからは、さっさと逃げ出す・・なんてね。
でも、そういう意見でも、ちゃんと言える
ということは、きっと、このクラスは、
何でも言える、そういう良い雰囲気が
育っているクラスなんだなあと
思ったりも、しますよね。

この意見に対して、ふうちゃんは
2つのことを、言っています。

一つは、
「確かに、鷹山の前の藩主が、
この藩はもうダメだから、徳川幕府に
返上しよう、といっている事実がある」

もう一つは
「逃げ出したら、鷹山のように
額に入って、飾られることはない」

ということです。

そして、2の意見・・・
これはもうねえ、私は凄く気に入っちゃってるの
いえいえ、他国を侵略するのが
正しいと言う意味じゃ、勿論ありませんわよ。

多分、この意見を言った子は
ゲームをやったことがあるんじゃないかなあ・・・
ほら、あるじゃないですか
「信長の野望」だの
「三国志」だのというゲーム。

戦国大名が、他国を滅ぼして
どんどん領地を広げ、
全国統一するゲームのことですよ。

告白しますと・・・・
私、一度だけやったことがあるの。
あれって、結構難しくてね
なかなか、統一できないんですよ。

何しろ、統一するには、
民の忠誠心やら、兵力やらを上げて
おまけにお金も貯めなくちゃ
ダメなんですから。

ですからね、私、ついふうちゃんに
後から、言ってしまった。

「あの意見、取り上げたら面白かったのに
だって、結局のところ、当時の米沢藩では
他国をぶんどるなんて事、出来ないってことが
きっと子供達だって、気がついたわよ
民の忠誠心も、財力も、兵力だって
ないんだから」

「まあ、そうだなあ・・・
もっと時間があればなあ・・・
ゆっくり話し合いをさせられただろうけど
なにせ、校長講話1時間じゃね
講談話がせいぜいというところだよ」

さて、
子供達の、このときの意見ですが
もちろん、こんな、面白い意見ばかりじゃ
ありませんでした。

ふうちゃんの学校のお子さん達
すごく、お利口さんというか
いろいろな事をよく知っている、
賢い子供達が多い気がします。

ちゃんと、まともな意見も出てきました。

その3・・・商売をする
      物を売って、儲けて財政を立て直す

その4・・・新しい田んぼを作って、
        お米の生産を増やす

そして、一番多かったのがこれです

最初の一汁一菜に戻って考えているんです。

その5・・・節約する。
      豪華なご飯をやめて、
      粗末な食事にする

凄いですよね、
小学校6年生の意見ですからね。
ちゃんとポイントをついています。
まさに、鷹山がやったことが、ちゃんと
意見として出てきているんです。

これらの意見に対しては、
ふうちゃんは、次のことを話しています。

米沢には、米沢織という、特産品がある。
それは、この時代に、鷹山が進めて
武士の奥さんや、農民達の生活の
糧にした物だということ。

新田開発をして、新しい田を
この時代に増やしているという事実があること。

そして、
その鷹山の業績の結果
それまで、米沢では農民達が逃げ出して
人口が減っていたのだけど
鷹山が隠居した後
藩の財政は、黒字に転換して
見事に、人口も増えだした
という、資料を示したのでした。

この資料提示が、この授業の
終わりとなりました。

1時間の授業・・・・の話。
専門的な話で、
ちょっと退屈なお話だったかも・・・
申し訳ありませんでした。

この後、ふうちゃんは
子供達に、感想など書かせているんですが
その話は、また明日。

公開授業・・・3

なんだか、やたらに授業の様子を
詳しく書いていると
思っておられるのではないかしら。

実は、本当は最初、簡単に
こんな授業でしたよ、と書いて
感想を書いて終わらせよう・・と
思っていたんです。

まあ、2回ぐらいで終わる
予定・・・だったんですよ。

ところがね、
横からふうちゃんが口を出した。

「お前、どうせブログに書くならなあ
授業の流れに沿って、詳しく書いて置いて
くれないかな」

というのです。

「他の先生が、授業記録を付けてくれている
と思うんだけど、お前の書き方とは
全く違うから、比べると面白いかもしれない」

とのこと・・・・でして。

教育関係のお仕事をしておられる方、以外は
分からないと思うんですが、
普段、授業研究の時などには、
先生の発問と、子供の発言を、
一字一句書き留めておく
授業記録というのを作ります。

これは、後で、先生の対応の善し悪しを
みんなで話し合うための、
お勉強の材料なんです。
これには、私が書くような、その時々に
思った事やら、考えたことなんかは
書くことはないわけで、
まあ、通常読んでみても、あんまり
面白い代物じゃありません。

とにかく、そう言うわけで
授業の順を追って、詳しい話を
書く羽目になってしまった。
(本当の所を言えば、ありがたくない話でして
どうも、書きづらくてたまならい。
話がうまくつながっていかないんです)

申し訳ありませんが、
ちょっと冗長になるかもしれませんが
おつきあい下さいませ。

どうも、相変わらず話が脱線するなあ・・・
すいませんm(_ _)m

話を戻しまして、
何処まで書いたっけ・・・・と

そうそう、
上杉鷹山の人物絵が
パワーポイントに載せられて
教室の画面にデーンと出てきた、
というところでしたね。

で、次に出てきたのは

その鷹山の絵が額に入れられて
体育館に飾られている写真です。

米沢市の小学校18校あるんだそうですが
その全部の小学校の体育館に
この写真が飾られているという
東京ではまず考えられないような
不思議なお話が出てきて・・・

ここで、この日の一番の
学習問題が出されるのです!!

「どうして、鷹山の額が全部の小学校の
体育館に飾られているのだろうか」

子供達の間で、ざわざわ、ぼそぼそと
小さな声で話が出てきて
いたそうです。

「たぶん、何かやったからだろう・・・」
「偉い人だったから、じゃないのか・・・」等々

そこで、どんなことをやったんだろう?

と言う話になるんですが、
その前に、この時代の米沢藩の
実情説明をするんですね。
これはもう、ふうちゃんの講談話になります。

★米沢藩の石高の推移
  120万石から15万石に減った。
★家来の数を減らさない
★金のかかる行事をやめない

これまたパワーポイントの威力と
いいましょうか、
文字が、画面にどんどん浮き出てくる。

しかしながらねえ・・・
どうみても、ちょっと、難しいかもね・・・

子供には
分かっているのかどうか・・・
難しいんじゃないかなあ・・と
聞いていて、私も娘もちょっと疑問に
思ったりしておりました。

でも話はどんどん進んでいくのです。

要するに、
鷹山の時代には、藩の財政は
破綻していた!
借金で、首が回らない状態だったという
事実が、示されるわけです。

そのしわ寄せは何処に行くのか?

難しいかなあと、思っていたら、
子供達は結構分かっていましたね。

「士農工商」の時代ですから、
農民が苦しくなると言うことを
何人かの子供が発言していました。

ここいらあたりで
授業の半分ぐらいが過ぎていました。

正直言いますと、
子供達は、ぽつぽつと発言する程度で
何ともちょっと寂しい・・そんな
状態だったのです。

よくよく考えてみれば・・
それも、まあ、仕方がないというか
納得出来るんですよ。

だってね、
なにせ、今日の授業の相手は、
校長先生ですからね・・・
普段、習っている、担任の先生じゃないのだ!

学校で、一番偉い・・・
(というか、偉そうにしているというべきかな)
人物が、急にやってきて授業するわけ
ですからねえ・・・・
おまけに、後ろには、見学者が
わんさかやってきているわけで・・・
子供達にしてみれば、

「下手なことを言って、恥を掻くのはまずい」
という、心理が働くのが当たり前かも。

ちょっと、活気のない
寂しい授業風景が展開していた
そんな、教室でしたが、
この後、ちょっと面白い展開に
なっていくのです。
続きは明日。

公開授業・・・2

私と娘が、公開授業のある6年2組の
部屋へ行ったのは、授業が始まる
10分ほど前だったと思います。

給食の片づけやら、椅子の運び込みやらで
部屋は何となく騒然としていました。

はたして、こんな土砂降りの
雨の日に、見学者が
やってきてくれるのだろうかと
心配していたのでしたが、
私の危惧は、暫くすると払拭されました。

廊下で待っていた私たちの横に
同じような、見かけないおばさんやら
おじさん達が、一人、二人と
集まってきて、
どんどん増えていったのです。

結局、ふうちゃんが授業を始める頃には
その数、約30名ほど・・・・
教室内は、子供の後ろに2列の椅子が
用意されていたのですが、
それが満杯になって、廊下側の横にも
人が立っている状態になっておりました。

それにしても、
この頃の授業参観って、
椅子が用意されているのね、
なんだか、凄く、いい待遇だわねえ・・・
これにはちょっとビックリしました。

さて、
この日の授業ですが、
何だったと思いますか?

6年生の歴史・・ですからね・・・

フフフ・・・・
思い出してくださいませ。
ふうちゃんが、こだわっている人物、
ほら、あれですよ。

以前、このブログでも取り上げた
あの人物!

そう・・・・・・・
江戸時代のお殿様・・・・

「上杉鷹山」

えーーーっ!!っと思われるでしょ。

そうですよねえ、だって、上杉鷹山なんて
名前は、小学校の歴史では普通、
出てこないですものね。

いえいえ、中学校の歴史にだって
出てこない人物です。
そうですねえ・・・・多分、高校の教科書には
ちょこっと、出てくるかも・・・
そんな人物なんですから、
それを、小学校でやろうなんていうのは
ちょっとどころか、とんでもない話かも。

流れは、こんな感じです。

まず最初に、お城の写真が出てくる。
それで、次に
「江戸時代のお殿様のイメージは
どんなものだろうか」
という発問が浮かび上がるんです。

浮かび上がる・・っていうのがみそなのよ。

実はね、これは
パソコンを使って、パワーポイントというソフトで
大きな画面が黒板の前に、用意されていて
そこに、文字とか写真とかが
順番に出てくる仕組みになっているんです。

うーん・・・・
要するに、企業がプレゼンテーションをする時の
そのシステムを、学校でも使っているというわけ。
時代は変わっているんですねえ・・・
チョーク一本、サラシにまいて・・・
(すいません、包丁一本晒しにまいて・・のもじりです
ご存じない方もいらっしゃるかも、古い歌ですので)
の、その昔の先生の方法は古いんですねえ。
しみじみそう思ってしまいます。

さて、話を戻しまして
江戸時代のお殿様についての
子供達のイメージですが
いくつか、手を挙げて、発言してくれました。

その1・・えばっている。
その2・・家来を従えている。
その3・・お城の奥で、いい着物を着て
     デーンとかまえている。

まあ、要するに、
遠山の金さんやら、暴れん坊将軍といった
そういう時代劇からくるもののようでした。

そこで、次に画面に出てくるのが
江戸時代伊達藩のお殿様が食べていた
食事の写真です。
お正月の食事だそうで、数にして
18品目・・・
2つのお膳に、一杯に並べられた
豪勢な食事の様子が出てくるのです。

で、これが、江戸時代のお殿様の
一般的なお正月のお食事、と言う説明
つまり、美味しいもの、一杯食べて
贅沢に暮らしていた、という話になるわけ。

それに対して、全く違った食事の写真が
出てくるんです。

「一汁一菜」
ご飯と、みそ汁と、漬け物だけの食事。
粗末な食事を食べていた、
江戸時代のお殿様がいた・・
という、展開になるわけです。

そして登場するのが
上杉鷹山!!

鷹山の人物絵がパワーポイントに
載せられて出てるわけ。

そてにしても、
すごいなあと思いますね、
こういう、機器って、見ているだけで
興味がそそられちゃいます。
子供達も、驚きの表情で、
写真などを見入っていましたね。

実を言いますと、
私は、前日に、ふうちゃんにこの、パワーポイントを
見せてもらっていたんです。
流れは殆ど、分かっていました。

どういうものがでてくるのか
知っていたわけです。
しかしながら、実際に教室で
それを見てみると・・・
やっぱり、凄いなあ・・とおもわずには
いられませんでした。
迫力が違いますね。
小さなパソコンの画面で見るのとは、
大違いです。

後から、子供達の感想などを書いてもらった
ものを見せてもらったのですが、
何人かの子供達も、
楽しかったと書いていました。

「資料が沢山出てきて、面白かった」

という、嬉しい言葉が並んでいました。

校長先生への、お世辞半分、
暖かい励まし半分の言葉とも
取れますけど、
ふうちゃんは、単純に喜んじゃってます。
ハハハ

ちょっとお休み。続きは明日。

公開授業・・・1

本当に久しぶりに文章を書くので
スラスラ書けない感じです。
やっぱり慣れって、あるのかしらね。
今ひとつ、調子が出ない気がします。

さて、さて、
昨日のお話。
ふうちゃんが、3月6日のお昼過ぎに
職場で公開授業をやるというので、
教壇に立つのも、もう、これが最後だろうと思い
娘と二人、見に出かけたのでした。

大学などでは、退職教授の最後の講演とういのが
あるそうなんですが、ふうちゃんは
何せ小学校ですからね。
そんな機会は、普通はないんですよね。

大体、小学校の校長先生って
普段、授業をすることなんて
殆どないんです。

私が子供の頃には、校長先生と言えば
校長室でデーンとおさまっているという
イメージで、普段教室に見に来ることもなかった。

今だって、授業をする校長先生って
あんまり聞いたことがないのではないかしら・・・

ふうちゃんは、ちょっと変わった校長先生かも
しれません。
授業することが好きなんだと思います。
ですから、
今までにも、毎年6年生を対象に、卒業記念に
この時期、「特別に」ということで
校長講話というのをやってきていました。

今回は、それをちょっと広くみなさんに
お見せしてみようという試みなんだそうです。
なんとなく、私と娘のために、話が大きくなっちゃって
ちょっと申し訳ない気持ちでした。

さて、3月6日当日・・・
なんと、なんと、土砂降りの雨でしたね・・・・

こんな天気では、見に来る人も
二の足を踏むだろうなあと、
私は、心配になっておりました。
誰も来てくれなかったら・・・
どうしよう・・・・ってね・・・・

その雨の中、娘と二人、
初めてふうちゃんの職場、小学校の校門を
くぐったのでした。

ふうちゃんの職場の学校は
閑静な住宅街の真ん中にあります。
小学校って、独特の雰囲気があるんですけど
ご存じでしょうか?

それはね、
子供達の声!!

自分が、学校に勤めているときには
あんまり気がつかなかった・・・というか
慣れてしまって、当然と思っちゃうのか
思いつかないんですが、
これが何といっても圧巻です。

子供達の声はトーンが高い!
わーーーーっ・・・・・と言う感じで
耳に入ってくる。

まず最初に思ったのが

「ああ・・・懐かしいなあ」でしたね・・・
何せ、私もその昔、その中にいたんですから。

それにあの、活気・・・
子供って、本当に活動的!
少しもじっとしてない、あの感じ。

ああ、小学校だなあ・・と
ついつい懐かしく辺りを見回してしまいました。

子供達は、凄く礼儀正しくて
私みたいな知らないおばさんにも
ちゃんとご挨拶してくれる。
何となく嬉しくなっちゃいました。
娘と二人、本日の授業の教室
6年2組へと歩いていったのでした。

どうも、いまいち・・・調子が出ません。
すいません、続きは明日。

すっかり、ご無沙汰・・・

すっかりご無沙汰でした。

何度か、書こうとパソコンの前に
座ってはみたのです・・・
しかし、ずっと書かなかったものだから、
画面を見ても、文字が浮かんでこないんです。

そういうことって、あるんですねえ。
「スランプ」っていうのでしょうか。
書いては、消し、書いては消し
しているうちに、やめてしまった・・・

そんなこんなで、
気がついてみれば、はや、3月。
暖かった冬でしたのに、
このところずっと、東京は寒いし、
おまけに、雨ばかり、気分もめいりそうです。

さて、
弥生三月・・・別れの季節です。
普段でも、この季節は、
確定申告やら、卒業やらで、忙しいのですが
今年は、我が家は、特別なんですよ。

・・・・・・・・
そうなの・・・・・・
今年はね・・・・・
我が家の大黒柱、ふうちゃんが
お仕事の卒業なんです。
「退職」・・・・・・・・

もう、そんな年になったんだなあと、
驚いてしまいます。
思い起こせば、37年前。
今のお仕事について以来、ずっと、この道一筋
(もっとも、就職したその時には、私が側に
居たわけじゃないんですけどね)
とにかく、長い間ずっと、家族のために
働いてきてくれたわけで、
私としては、本当に感謝しております。

フフフ・・・まあ、日頃は、
いろいろ、ごちゃごちゃ文句も言っておりますが
それは、それ、
本当の気持ちは、もちろん
「感謝」の、一言なんであります。

37年・・・って、
すごい年月だなあと、
改めて、思います。
もう、ご存じだと思うんですが、
ふうちゃんのお仕事は
「教育関係」なんです。

私たちは、同じ学校で知り合った先生同士
だったんですよ。
私たちの結婚の時に
お仲人してくださった方も、先生だった。
その先生が、退職の時、
奥様が、最後の卒業式に、こっそり
ご主人の晴れ姿を、見にいらっしゃったという
お話を聞いていたふうちゃんが、
先日、私に こう聞いた、

「おまえは、俺の最後の卒業式を
見に来るか?」と。

「卒業式・・ねえ・・・それもいいけど・・
・・・・・・・・・・
あのね、それより、実はみたいものが
あるんだけどなあ・・・」

「卒業式じゃないのか?
何を見たいんだ?」

「ふうちゃんが授業しているところを
最後にもう一度みたいなあ・・」

そうなんです、
ふうちゃんって、手前味噌かもしれないけど
結構、授業うまいんです。
面白い、授業をするんです。
お得意は社会科!
それも、歴史が十八番なんです。

私は、実は何度か、ふうちゃんの
授業を見たことがあります。
一緒に職場にいたときに一度と、
分かれて、別の職場に移った時に何度か。
でも、娘は、一度も見たことが
ありません。

もう、最後なんだから・・・
一度くらい、父親の職場の姿を
見せてあげたいなあ、
と、まあ、そう、思ったんです。

そうしたら、

ふうちゃんが、

「3月に、校長講話を六年生相手にやるから
見に来るか?」
と言ってくれたのです。

「いいの?部外者が見に行っても
いいわけ?」

「大丈夫だよ、開かれた学校だからね」

「でも・・・・
一人だけで、後ろで見てたら、
不思議がられるじゃない・・・
それって、目立つし・・・
恥ずかしいわよ」

「それじゃ、公開授業にして
大勢あつめればいいか?」

「うん、それがいい、
児童の父兄みたいな顔していくわ」

とまあ、
そんなやりとりがありまして・・・

ふうちゃんは、
学校のPTAやら、お友達やらに
案内状を出して、人集めをしてくれたのでした。

その授業があったのが
3月6日(金曜日)のことでありました。

授業のお話はまた明日。

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