フォト

軽井沢の花たち

  • ツリフネ
    軽井沢の庭に咲く花を集めてみました。東京では見られない花がたくさんあるのに、驚きます。

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

お花見後遺症

もう、この時期に
お花見に行くのは、
こりごりだ!!

Img_0193

今朝起きてみたら・・・・・

喉が痛い

くしゃみと、鼻水・・・・・・

ああ・・・・・・・・・・・・・・・

駄目だ!!!

花粉症が悪化した・・・・・・・・

そうなのでした・・・・
私、花粉症なのだった・・・・
今年は、とにかく最悪です。

去年は、案外楽だったのに比べると、
今年は、ひどい状態です。

暖かくなったかなあと、思った頃から
目のかゆみ、鼻水、喉の痛みと
ひどくなって、
早々と、今年はお医者さんの
お世話になっていた。

薬をもらって飲んでからは、
ちょっぴり改善は
されていたのでしたが・・・・

でも、なるべく外には出ない、
出ても、マスクを2重にして、
ついでに、目もなるべく閉じて
歩いていたのだった。

目を閉じて歩くなんて、
信じられないかもしれないけど、
まあ、よっぽどのことがない限り、
薄目をあけて、歩けば
電信柱に追突なんてことは
避けられるのであります・・・・

それなのに・・・・
それなのに・・・・

昨日の花見がよくなかった!!

花見ですからね・・
目を開けてなくちゃ、
花が見られないじゃないですか・・・・

おまけに、
食いしん坊の私ったら
花を見てるだけじゃ、つまらないから
ついでに、食べていた・・・
アップルパイと、焼き芋・・・・

あれがまずかった!!

食べてるってことは・・・・
お口があいてるわけで・・・・
お口を開けるには・・・・・
マスクを外さなくちゃならない
わけで・・・

ああ・・・・・・・・・・・
お花見後遺症だ!!

早朝・・・・布団の中で
喉の痛みと、くしゃみと、
鼻水と戦いながら
決心した!!

この季節、花見はもう、絶対に
行かないぞ!!
ふうちゃんの
「行くぞ!!」の一言には
ぜったいにのらないからね!

横でふうちゃん、一言

「おまえの食いしん坊が
あだなんじゃないの?」

ふん、自分が花粉症じゃないからって、
勝手なこと言わないでよね。

花見日和

花に誘われて
出かけてみました・・・・

といっても、Img_0178
実のところ、ふうちゃんが
「おい、行くぞ!」と
騒いだだけで・・・・
それにつきあわされたのですけどね。

それにしても、
日本人の花見って・・・・・・
なぜか、屋台の、食べ物屋と
カラオケと、お酒がついてくる・・・

花を愛でている人は
何人いるのだろうか・・・・・Img_0177

ふうちゃんは、
写真機片手に、花を
追いかけている、数少ない
人間の一人です。Img_0183

私は・・・・見てるだけだと
寂しいので・・・・

屋台はやめて
途中で買った
アップルパイをかじりながら
見ておりました。

心密かに・・・・・・・
見物人多しといえども
アップルパイをかじっているやつは
いないだろうなあと・・・思いながら・・・

おまけに、最後には
ふうちゃんに
「あれほしーーーーい」と騒いで
焼き芋も、買ってもらった・・・・
私は、花より団子の人間のようです。

下世話な私の話よりImg_0188

洗足池の桜を
お楽しみあれ!

おかしな・・・会話

母が定期検診に出かけた。

そうなんですーーー
病院嫌いの母。
殆ど医者とは縁がなかったんですが、
先月の騒動以来、
お医者様から、定期的に
通うようにといわれ
文句を言いつつ、出かけております。

車で5分ほどの
N病院・・・
本来は救急患者のための
病院なんですが、かかった都合上
その後も面倒を見てくださるようです。

母は、心臓が弱っているのでした・・・
しかしながら、
母にはその自覚が、
あんまりない・・・・ようです。

一ヶ月ぶりにお会いした先生に

「いかがですか、その後
どこか、調子の悪いところは
ないですか?」

と、聞かれて・・・・
暫く考えていた母・・・・・

「寝ていると、楽なんですが・・・
こうやって、起きてずっと座って
いたりすると、つらいです」

「そうですか・・・」

話を来た先生、考え込んでいた・・・
と、母が、付け加えて・・・・

「痛いんです・・・・」

「痛いんですか?
何処が痛いんですか?」

「ハイ、腰が痛いんです」

思わず、私も、唖然とした!!

オイ、オイ・・・そりゃないでしょう・・・・・
ここは、整形外科じゃないのよ・・・

「お母さん、ここは、循環器科よ
整形じゃないんだから・・」と、
思わず、横から口を出してしまった・・・・

「だって、痛いんだもの・・・
先生が、調子を聞くから、痛いのは
腰なんだもの」
と、、母は、至極まじめな顔をして
答えているのです。

お若い、T先生は、
思わず、吹き出しそうになって
ニッコリ・・・・・

「そうですか・・・腰ねえ・・・
腰が痛いんですか・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
でも、腰ばかりは、
僕じゃ、治らないんですよ」と、
笑いながら、答えてくださった。

仕方がないので

「元気になりました・・・
庭に出て、草取りも出来るようになったし
ふだんの生活に戻りました」
と、ご報告申し上げておいたのでした。

それにしてもねえ・・・・
母にとっては、
まあ、心臓よりは、腰の方が
大問題なのだろうなあ・・・・

それにしても、
なんとも、おかしな会話だった・・・・

東京の春

春ですねえ・・・

春ですよ・・・・・

全く春です・・・・

本当に春です・・・・

08sakurai1

東京は桜の開花です・・・

あたたかく、なりましたね・・・

花粉もいっぱい飛んでますね・・・

Img_0137

さて・・・・
話は変わって・・・
「母の入院」をHPにアップしました。
こちらです↓

http://homepage2.nifty.com/pihkoandfuhchan/

季節はずれですが・・・

季節はずれですが
今頃やっと、紅葉の絵です。

といっても、
これは下絵でして
これから、いよいよ、本画に
チャレンジ・・・というところ。

雲場池の紅葉・・・なんですけどねえ

Kumoba1

なにせ、池に映った木々を
描くのがとにかく難しい・・・・

下絵でも、お手上げでして
3度描き直したの・・・
まあ、いつものことだけど
これが、私の限界よ。

シジュウカラの偵察

二階の窓から、
鳥の巣箱が見える。

その周りを、
シジュウカラが飛んでいます。

昨日から、
何度も・・・・
何度も・・・・

どうやら、偵察している
らしい・・・

Img_0650

ここ、いいお家でしょう?

どうぞ、どうぞ、
お入りくださいませ!
今年はここで巣作りなんて
いいとおもうけど・・・
いかがでしょう?

さて、
入ってくれるでしょうか?

楽しみですけど・・・・・・・
Img_0654

春の足音

春の足音が聞こえてきます。

朝目を覚ましたら
小鳥の声・・・・
2ヶ月ぶりの軽井沢です。

Sirakaba

久しぶりの散歩
あちこちに雪が残っています。
でも・・・・・
でも・・・・・
日差しは、春の気配です。

春も、
もう、間近ですね・・・・Sizyukara2

その後・・・・

長い、私事をお読みくださった
皆様、ありがとうございました。

おつきあいくださった方々
本当に、感謝です。

本当のところ、
最初の頃は、どうなることかと
真面目に、真剣に、大変だったのです。

娘の「急変」の時は、
正直申し上げれば、
先生あんなこと言ってるけど、
娘は元気じゃないのと、
半分ぐらいは、信じてない部分が
ありまして
入院したときも、
まあ、直ぐに帰ってくるだろうと、
私としては、あんまり
心配していなかったのです。
(娘の入院のお話は、
HPの方に載せてあります)

でも、今回の母の入院は
真剣に、
母が死んでしまうのではないかと、
思っておりました。

で・・・・

話が、ちょっと重くなりました。
お読みになって、
しんどいと思われた方も
多かったのではないかと、
思っております。

しかしながら、
考えていたことは、
本当のことばかりでして、
今思えば、ちょっとばっかり
大げさだなあと、
思ったりもします。

今にして思えば・・・・・ね。

で・・・・・・・
その後の母ですが、

これがねえ・・・
元気なんですよ!!

3月のはじめぐらいまでは、
それでも、寝たり起きたりの
生活でしたが、
昨日あたりから、(3月10日頃)
陽気も温かくなったせいでしょうか
庭に出るようになりました。

「お母さん、おばあちゃん
庭で草取りしているよ!」と、
娘が、二階に飛んできて
報告してくれました。

この一件いらい、
初めての庭の草取りです。

母の草取りは、
元気のシンボルかもしれない・・・

母が、草取りをしなくなったら、
それこそ、
それは体調が悪い証拠なのかも。

「いいんじゃない・・・
元気になった証拠だもの、
好きにさせてあげようよ・・」

フフフ、
これが一番私の変わったことでしょう。

今までだったら、

「腰が痛くなるから、やめたら」と
文句の一つも言ってる場面です。

母は、今回は元気になりました。
ですけど、
母は高齢です。
それこそ、いつ、母が言う
「お迎え」がきても、おかしくない
そんな年だったのです。

全然そんなことを考えたことが
なかった・・・
というか、概念では分かっていたのですが
全く、実感してなかった。

いつの日か、きっと来るだろう
その日にの為に
私が望むことは
母が、楽しく、一日一日を
過ごしてくれること、
それだけです。

そういうことを
気が付かせてくれた
今回の事件は
ある意味、よかったのかも
しれないと思っております。

長い文章をお読みくださった皆様
本当にありがとうございました。

母の入院・・その15

さて、さて、
その翌日・・・2月14日の午後のこと。

いつものごとく、
面会に行ってみると
母はベットの上で、にこにこ顔だった。

私を見るなり、開口一番

「明日、先生が退院していいって
おっしゃってくださったのよ!」

えーーーーーーー!!!

明日退院!!
そんなの有りなの?
本当の話なの?
って、ちょこっと、思ったんですが
それより何より、
とにかく、退院の二文字を聞いた私は
嬉しくって、嬉しくって

「ほんとーーーー
凄いじゃない!!
やったね!!
よかった、よかった、
明日、お家に帰れるのね」と、
もう、すっかり、母と一緒に
舞い上がってしまったのでした。

それにしても、
母の快復力たるや、
信じがたいです。
元々、丈夫な母ではあったんですが、
それにしても、今にも死にそうっていう
あの場面から、考えると、
どうしたって、奇跡に近い感じです。

二人で、手を取り合って、
喜んでいたそこへ、
看護士の方が、いらっしゃったので
思わず、声をかけてしまいました。

「母、もう退院だそうですね
お世話になって、ありがとうございました」

すっかり、私は、もう退院気分だった。

「え?
Tさん、もう退院するって、
先生おっしゃってましたか?
聞いてないんだけど・・・・」

「へ?・・・・・・・・・・・・」

フフフ・・・・・・・・
そうですよね・・・・・・・
やっぱり、ちょっと早すぎますよねえ・・・・

後で、先生にお会いしたので
確認してみたところ・・・・・

「え?退院?
うーん、確かに、午前中に
今後の調子がよかったら、
考えてみます・・とは、、
言いましたけどねえ・・・・
明日・・・・なんては・・・・・・・・」

要するに、
退院したかった母は、
先生の、『考えてみます』というのを
勝手に、出来ると、思いこんじゃった
ということだったみたいなんです・・・・

で・・・・・
暫く考えていた先生は
「そうねえ・・・・調子いいようだし
それじゃ、あさってあたり、
退院しますか・・」
と、おっしゃったのでした。

あさって・・・・つまり2月16日に
母は退院する事になったというわけ。

なんと、なんと、
2週間という、当初の入院予定を
すっ飛ばして、6日間の入院。

介護が始まると思った、私の
思いこみも、すっかり、ぶっ飛ばしてくれて
病院の中では、
看護士さんが、トイレに行くときには、
付き添いますから、という言葉も
すっかり無視し、自分で勝手に
トイレに行く母なのでした。

まさに、
怒濤の快復!!!なのでした。

ご心配くださっている皆様。
母は、すっかり元気で、全く
元の状態に戻りました・・・・・
ご心配おかけして、
本当に申し訳ありませんでした。

母の入院・・その14

入院した当初、
母は3つの点滴と
心臓を監視する機械
酸素マスク
酸素濃度を測る機械
そして、尿を強制的にとる装置などが
つけられており、
それこそ、寝返りを打つのも
大変という感じだった。

それを見ていると、
ああ、このまま入院が長引けば
母は、寝たきりに、なっちゃうかも
しれないなあと、思ったりしたのです。

ちょうど、母の介護認定の方が
我が家に、15日にやってくることに
なっておりました。
しかしながら、急遽母が
入院してしまったので、
介護センターの方に連絡をして
日時を、変更させてもらっていたのですが
その時、担当の方に、
「ひょっとしたら、寝たきりになっちゃうかも
しれません」と、お伝えしたのを
覚えております。

いよいよ、私も介護が始まるなあ・・
と、まあ、覚悟をしようとしていた・・・・

していた・・・んですよ・・・・

ところが・・・・・

ところが・・・・・

13日の2時頃、面会に行ってみると・・・・・

母の、そのたいそうな装置やら
機械やらは、すっかり
なくなってしまっていた!!!!

イヤ、正確に言うと
心臓を監視する機械はついていました・・・
が・・・
他の装置はすべて、
取り外されていたのです。

「おかあさん!!
点滴、なくなっちゃったの??」

「そうよ、もういいんですって」

「ほんとーーーーすごい!!!
すごいじゃないの
よかったねえ
よかったねえ
本当によかったねえ!!」

このときの私の気持ち、
わかってもらえるでしょうか?

こんなに早く快復するなんて、
本当に信じられませんでした。
最初の母の姿から見たら、
嘘みたいな快復です。

私は、思わず母の手をとって、
握りしめ、

「よかったね、よかったね」と
振り回してしまったのでした。

そんな私の様子を見て、
母は、ちょっとびっくりしたようで

「そうなのよ、もう、治っちゃったの
早く退院したいわよ」と、
にっこり笑ったのでした。

そして、声を落として、
私の耳に、こっそり囁いた・・・

「だって、ここの病院の食事ったら
本当にまずいんだもの・・・
家に帰って、美味しいご飯
たべたいわ」

と、のたまわった・・・・

へ?・・・・・・・・・・・・・・
美味しいご飯?たべる?

えーーーっ?
あの食欲のなかった母が、
ご飯の話をするなんて、
まあ・・・・・・!!!
驚きですよ・・・・・・
いくら、もっと食べたら、といっても
ちっとも、いい返事をしてくれなかった母が
ですよーーーーーーー

そして、さらに、
もう一言・・・・

「明日あたり、退院しようかなあ・・
先生に、聞いてみるわね」

えーーーーーーっ!!
退院?
まさかねえ・・・
死にそうだった母が、
もう退院するなんて、あり得ない
お話ですよね。

「無理よ!!
まだ、2週間たってないじゃない
先生は、2週間入院って、
おっしゃってたわよ」

とまあ、何ともとんでもない
快復力に、驚き、桃の木、山椒の木の
私なのでした。

いくら何でも、明日退院なんて、
あるはずがありません・・
まだ、入院して3日目なんですからね。

あるはずがないんですよ・・・
あるはずがねえ・・・・・

が・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

母の入院・・その13

この夜・・・つまり
2月11日(月)の夜が、
私にとっては、最悪の夜でした・・・・

ベットに入っても、
眠気などは、全くやってこなかった。

目に浮かぶのは、
機械をつけられた母の姿・・・と
それから、昔の母の思い出ばかり。

大学受験の合格の時
一緒に手を取り合って、喜んでくれた姿とか

二十歳の時に
母が私のために、着物を縫ってくれている
姿とか

娘の為に、必死でミルクを
あげているときのこととか

よく小説に、走馬燈のように・・・という
書き方が出てくるのだけど
本当にそんな感じって、あるのです。
次から次へと、
思い出が、胸を締め付けてくる・・・・
もう、そうなると、眠るどころじゃないのです。

真夜中・・・・
2時頃だったと思います・・・
起きあがって食堂の
椅子に座って、ただただ
この、どうしようもない思い出と
対峙しておりました。

こう、書いてくると
凄く、親孝行な娘と母というような
関係だと思ってしまわれる
かもしれませんが、
そんなことは全然ないんです。

普段は・・・というか
最近は、しょっちゅう喧嘩もしていて
売り言葉に買い言葉
お互い、言わなくていいことを
言い合って、
後で、なんてアホなんだろうと、
反省ばかりしている、
そんな、本当に、ごく普通の
親子なんです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう・・・・・

よく、喧嘩もしているのです・・・・・

そう・・・・・

いろいろな喧嘩の場面も
頭に浮かんでは、消えていきました・・・

その時、ハッと気が付いたの・・・・

ああ・・・・・・・・

お母さんがこのまま死んじゃったら、

その喧嘩さえ出来ないんだ!!!

もう、売り言葉に買い言葉も
言い合えないんだ!!

もう、それは、
恐怖に近い感情でした。

そうなんだ・・・・

人間、一度死んじゃったら、もう
絶対に生き返らない。

生き返らないってことは、
もう、笑いあえない
喧嘩も出来ない
馬鹿も言い合えない

なんにも出来なくなっちゃうのです・・・・・

イヤだ!!
そんなのイヤだ!!
絶対にイヤだ!!

目から涙が、どんどんあふれて
止まらなくなっておりました・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふと、目を上げると
そこには、同じように
涙でぐしゃぐしゃになった
娘の顔がありました。

真っ赤に腫れた目で

「お母さん、大丈夫?」と
声には出さないけど、
言っているように見えました。

世の中では
自殺する人が、年々増えています。
子供を殺す親もいれば
親を殺す子供もいます。

自ら命を絶つには、
あるいは、人を殺すには
それなりの理由があるのでしょう

でも・・・
でも・・・・・・・・

考えてみてください
一度人間は死んでしまったら
もう、絶対に戻ってこないのです。

ドラクエの世界のように
協会でお祈りすれば、戻ってくる
なんてことは絶対にないのです。

そんな当たり前のことに、
今頃気が付くなんて、と
おっしゃるかもしれませんが、
今回のことで、
本当に、人間の死の意味を
改めて、考えさせられておりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、さて、
長々と、つらいお話をお聞かせしてしまって、
申し訳ありませんでした・・・

私の落ち込みは、
この日が最悪でして、
この日から、13日頃まで続きました。

で・・・・
その最悪のあたりで、
こりゃもう、ブログどころじゃないと、
まあ、その、思い定めまして、
例の、ブログ休止を
お伝えした訳なんです。

そう言うわけで、
いよいよ、これからは、
怒濤の回復編!!
ちょっとばっかり、
驚きのお話になります。

母の入院・・その12

病室に戻ってみれば、
母には、沢山の機械が
取り付けられていました。

心臓の動きを計る機械、
3本の点滴・・・・
一つは、
にトロールと書いてあったので
たぶん、心臓とかんけいのある
お薬でしょう。
もう一つは、ブドウ糖
そして、後一つは
利尿剤だと言うことでした。

水がたまった肺から、
尿としてみずをださせる為だと思います。

何度か先生とお話をする
機会があったので、
色々お聞きしたところ、

心臓の働きが弱ると
血管にあった水分が浸透圧の関係で
体内にたまるのだそうです。
むくみという言葉がよく知られている
と思います。
今回は、その水分が、
肺にたまってしまったのだそうです。

下痢のために、食事がとれなくて
もっぱら、水分ばかり取っていたのが
それを助長させたようでした。
そんなこととは、知らないから
水分、水分と、気を付けて
どんどん飲ませていたのですから
全く、知らぬこととはいえ、
とんでもないことをしていた
ことになります。

「要するに、肺が水に浸かっている
そんな感じだと思ってください」
と、先生はおっしゃっておられました。

肺がチャポンチャポンと水に
浸かっている?

どうも、あんまり想像できない
のですけどね。

レントゲンを撮った写真を拝見したところ
肺全体が真っ白になっていました。
肺炎のレントゲンを撮っても、
同じように真っ白になるのですから、
まあ、症状が似ていても
不思議はないわけです。

それから、酸素マスクと
手に、酸素濃度を測る機械が
付けられておりました。

いろいろな機械で
がんじがらめの母を見ると
大変なことになっちゃったなあと、
改めて、胸が詰まってくるのでした。

その後、
兄のお嫁さんが、茨城から
急遽お見舞いに来てくださって
夕方まで母の側で付き添ってから
家路についたのでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

夜、もう、疲れてしまって
親子3人で、近所のレストランで
食事をしたのですが、
娘も私も、
全く食欲がありませんでした。

いつもだったら、4人家でお鍋でも
囲んでいるのになあ、と
つい思ってしまうのです。

母の入院・・その11

話を元に戻します・・・・・・

先生のお話を聞きながら
私は、もう、
心の中がグチャグチャでした。

母は高齢です。
確かに、87才といえばもう、
亡くなっても別段、不思議な年とも
言えないかもしれません。

口癖のように

「私は、ぽっくり死にたいわ
もう充分、生き過ぎたもの
いつ死んだって、平気よ」
なんて、言っている母です。

それに対して、
つい、あんまり繰り返すから

「そんなに死にたければ、死んでみれば」
なんて、冗談に言い返してみたりする
私です。

でも・・・・
でも・・・・

でも・・・・・
それは・・・・・
母が、まだまだ、何年も
イヤ、ひょっとしたら何十年も
生きているだろうなあと、思うから
つい言ってしまう、冗談なんです。

目の前に、死が
近づいているなんて、思わないから
言える言葉なんです。

いつの間にか、
目から、涙があふれておりました。

横を見れば、
一緒に付いてきた娘が
同じように、目に涙を浮かべて
私を見つめていました。

横から、ふうちゃんが
私の肩をそっと手をかけて
小さな声で
囁いてくれました。

「落ち着くんだぞ・・・」

そうでした・・・・
ここは病院だった・・・・
落ち着かなくちゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんな涙を見せたら、
母に心配かけちゃう・・・
そういう思いがどうにか戻ってきたのは
やっぱり、横にふうちゃんが
いてくれたから・・・だったと思います。

「ダメよ、涙見せちゃ、
いい・・・ほら、涙拭いて・・・
おばあちゃんに、早く良くなってって
言うのよ」と、
何とか娘に声をかけながら
母の病室に戻ったのでした。

ありがたいことには、
母の意識はこのときには、
もうしっかりしていて、
しきりに、
「こんな大変なことになっちゃって、
お前達に、苦労かけるね」と、
謝っているのでした。

閑話休題・・・ライラの冒険

ちょっと、
ブログが深刻になってきました・・・
で・・まあ、少し、休憩を。

久しぶりに、映画を見に行った。

「ライラの冒険」です。

だいたい、この手のお話は
たぶん、どちらかというと、私は
好きなんじゃないかと思います。
ハリーポッターにしろ、
指輪物語にしろ、
ナルニア物語にしろね。

妖精やら、魔女やら、怪物やらの世界。
ありそうもない、というのが
嫌いな人には、ダメなのでしょうけど、
結構、私、そういうの、ありかなあ
なんて思うタイプですので。

さて、ライラの冒険ですが
世の中に、ダイモンなるものが
存在する世界のお話。
ダイモンってなんだろう?っておもったら
要するに、魂みたいな物のようです。
それが、自分の側に、動物の形をして
くっついている、
おまけに、その自分のダイモンと
お話ししたり出来る世界が
あるんだそうです。

まあ、考えてみれば、私たちは、
自分の魂と、というか心の中に
いる自分と、結構しゃべってるわけですから
それが、単に、形になったと考えれば
確かに、面白いお話かも。

そのダイモンと、人間(肉体の)
を切り離してしまうと、
人間そのものが、おかしくなっちゃう
のだそうです。

で・・・まあ、
お話の方は、子供がさらわれて
ダイモンと切り離しちゃう、悪い奴らを
やっつけて、子供達を救うという
主人公のお話なんですけどね・・・

主人公のライラちゃん
結構悪なのよね。
うそつきライラちゃんなの。

ふうちゃんにそう言ったら、

「ライラって、ライ(うそつき)って
意味なんじゃないの」ですって。
なるほど、そう言われればそうかも・・

要するに、
ドラクエに、ポケモンが一緒になったような
そんなお話・・・・・
イヤもっと言えば、
桃太郎さんと同じかも・・・
(怒られちゃうかもね・・そんなこと
書くと、作者に!!)

だって、途中で、お仲間を作って
鬼退治に行くようなお話なんだもの。

格好良かったのは、
熊さん!!
鎧熊って言うのが出てくるの。
鎧を着て、戦う熊さん。
すごーーーい、迫力!!
CGっていうのかしら・・・・格好良かったです。

それにしても、
ダスト・・・塵だの、ゴミだのっていうの
だけど、それって、私たちが作り出した
スモックのことかしらね・・・
愚かしい人間が作った、
よくない物のだそうですから。

謎ですけど、まだ先があるらしい。
2作目も、見なくちゃダメのようです。

で・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・

この映画を見て、家に帰って
一番、迷惑しているのは
誰だと思いますか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
我が家の、ぐうたら猫トラですの・・・・・

何故か?

ハハハ

あれ以来、毎日のように
私がトラに、言い聞かせている・・・

「ねえ、トラ、私のダイモンになる気はない?
一緒に、ずっと、くっついていられるよTora32
私と、あなたは、一心同体になれるんだよ
いいと思うけど?」

トラの声が聞こえてきそう・・・

「イヤだね、僕は、貴女のダイモンになんて
絶対イヤだよ、僕、自由が好きなんだからね」
と・・・・・・

でも、どうやら、母のダイモンには
なりたいらしい・・・
なにせ、餌つきだからね・・・・

母の入院・・その10

いったい、
先生に何を聞かされるのだろうと、
ドキドキしながら、
ナースステーションを訪ねると、
若い、循環器科のT先生が
待っていてくださいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先生は、
私たちに椅子を勧めてくださりながら
こうおっしゃったのです・・・・・・

「お母様は、心不全を起こしておられます」

「え????
心不全????」

一瞬、なんの話かと・・・・
ピンと来ませんでした・・・・・

「あのーー気管支炎じゃないんですか?
肺炎とかじゃ?」

「違います・・・肺炎ではありません」

「肺に水がたまっていて、心不全を
起こされているのです。
たぶん、以前から、ずっと、心臓が弱って
おられたのだと思いますが・・・・」

えーーーーーーーーーーー
そうだったの?---------

それじゃ、あのーーーーーーーーー
買い物に行けなかったのもーーーーーー

咳が出ていたのもーーーーーーー

みんな、心臓が弱っていたせいだったのーーーー

本当に、驚きました・・・・・・・

なんと言っていいのか
暫く、言葉も出ない・・・・
そんな感じの時間でした。

高齢になって、
母の心臓は、弱ってしまったのです。
それで、歩くのもしんどかったのです。
心臓の働きが弱くなって
肺に酸素を送り込めなくなって
苦しくて、咳が出ていたのです。
そんなこととは知らずに
単に、腰のせい、風邪のせいだとばかり
思いこんでいた、私は
とんでもない思いこみを
していたことになります。

お医者さんの、診断で驚くのは
毎度のことだけど・・・・
今回ばかりは、
本当に、どう言葉に表せばいいのか
書きようがありません。

だって
だって

だって

心不全といえば・・・・
それこそ、命に関わる重大な
恐ろしい、疾病ですもの・・・・・

人間が死ぬとき、
大体の人の最期の病名は
「心不全」と、書いてあるじゃないですか・・・・

母の命は、もう・・・・
風前の灯火・・ってことじゃないですか・・・・

「あんなに元気だったのに・・・・
医者知らずなくらい、元気だったんですよ母は!!」

と、思わず先生に向かって
私は叫んでいました。

母の入院・・・その9

母が診察している間に、
私とふうちゃんは、看護士さんから
入院の手続きやら、必要な品物
などの説明を聞いていました。

「2週間ほど入院されることに
なると思います」
という、看護士さんのお話。

何でも、この病院は、
一応の救急処置が終わったら、
他の病院を紹介されて、
転院するのが、基本的な
システムになっている、という
救急病院なんだそうです。
その、サイクルが2週間ということ
なのだとか。

私は、病室に移った母を
確認してから、
入院に必要な物をとりに
家に戻ったのでした。

家に戻って、
娘が用意していてくれた
(こういうとき、娘って本当に気が利く・・・・
おたおたしている、わたしより、ずっと
落ち着いているのよね)
母の身の回りの品バックに詰めて
さて、もう一度病院にとって返そうかと
思っていたその時、

「ルルルルルーーー」と、

一本の電話がかかってきたのだった・・・

それは、今母を入院させた
病院の看護士さんからだった。

「今日、これから病院にいらっしゃいますか?
いらっしゃるようでしたら、
先生が、お話があるそうですので
ナースステーションにお寄りください」

先生からのお話???

はて?なんだろう?

こういうときに、聞かされる話なんて・・・・
想像したくないけど・・・
どうせ、あんまりいい話じゃないわよね・・・・

チラっと、
頭に、イヤな思いがよぎりました。

経験のある方・・・・
いらっしゃるかもしれないけど・・・・・
病院の先生が、お話がある・・・なんて
言ってきたら・・・・・・・
だいたい・・・・いい話じゃない・・・
可能性が・・・・高いのよね・・・・・

そう思いませんか・・・・・・・

「先生が、お話があるんだって・・」と
ふうちゃんに話すと、
それじゃ俺も付いていってやると、
言って、再び一緒に病院に
戻ることになりました。

お見舞いに行くという娘と
3人そろって、
もう一度、病院に戻ったのは
2月11日の
午後2時を回っていた頃でした。

母の入院・・・・その8

それからのことは、
正直言って、私も、はっきりとは
記憶に残っておりません。

驚いていたのと、
何とかしなくちゃという、焦りとで
何をやっていたのか、はっきりしない
ところがあるのです。

ただ、とにかく一番最初にしたのは
ふうちゃんに知らせたことでした。

「母が・・母が・・・急変した!!」

2階に飛び込んで叫んだ私。

それを聞いたふうちゃんは、
電話で、救急車を呼んだようです。
そのあたりのことは、
ぼんやりと想い出すばかりです。

実は、後で母に聞いたのですが、
母も、そのあたりのことを覚えていないと
言います。

「貴女に、寄りかかって、
フラフラっと、して、担架に乗せられたのは
覚えているんだけど・・あとは
覚えてないのよね・・・・
気が付いたら、病院のベットだったの」

私が見ていた限りでは、
この時、母の意識がなくなるくらい
ひどい状態だったようには
見えなかったのですが、
とにかく、容態は、急変・・・という言葉が
ぴったりだったのかもしれません。

もう一つ覚えているのは、
救急車の中で、
救急隊の隊員さんが、
母に、酸素マスクを当てていたのですが
「酸素濃度が上がらないぞ」と
騒いでいたことでしょうか。

母の指に付けられた、
血液中の酸素濃度を計る機械から
知らせてくる値が、やけに低くて
隊員さんが、慌てていたようなのです。
酸素濃度をいっぱいに上げるように
指示していた声を
何となく覚えております。

それくらい、母の容態は
ひどく悪かった・・・ということなのでしょう。

救急車は、近くの
N病院へ、母を搬送してくれました。

その病院は、主に救急患者を扱う
我が家のあたりでは、有名な大きな病院でした。

でも、
本当に、東京って、
さすが東京なんだなあと、思いますね。

先頃、救急車が病院を探しているうちに
患者さんが亡くなってしまうという事件が
あちこちで起きています。

でも、東京では・・・・・・
というか
今回について言えば、
全くそんなことはありませんでした。

救急車が到着するのに、
4分ほど・・・その後まっすぐに
病院に搬送されて、お医者さんに
たどり着くまで、10分ほどだったようです。

一日も早く、日本全国が、
同じような体制になるように
願わずには
いられません。

さて、
到着した、N病院・・・・・・・

母は、酸素マスクと、点滴を打たれ
診察室へ消えていきました。
循環器科の先生が、ちょうどいらっしゃって
これから診てもらいますから・・と
看護士さんの言葉を残して・・・・・

で・・・・・・・
この後、
実は・・・・・・・・
このお若い、循環器科の先生から
私とふうちゃんは、とんでもないお話を
聞かされることになるのです・・・・・・

母の入院・・・その7

さて、
明けて2月11日、建国記念日の朝。

私としては、
昨夜の元気な姿が、頭に残っていたので
今日は、もっと元気になって、
食事も食べてくれるかなあ・・・ぐらい、
気楽な気持ちで、
母の部屋に、下りていったのでしたが・・・・・

なんと、母は、
ベットの上で、だるそうに、咳をしておりました。

「お母さん、今日は、少しはよくなった?」

「うーん・・・・・・・・
どうしたんだろうねえ・・・・・
ちっともよくならないのよ」

「大丈夫なの?
病院行った方がいいんじゃないの?」

「イヤよ、救急車なんて絶対イヤ
明日、までぐらい我慢できるわよ」

という具合で、
医者嫌い、病院嫌いの母は、
病院なんて、とんでもないという感じでした。

私の頭に、チラッと、先生の言葉が
浮かんでは、いたのですが、
まさか、急変するわけがないという
思いこみの方が、このときにはまだ
勝っておりました。

兄と一緒に食事をして、
その後、仕事に出かける兄を見送り
ベットに戻った母でした。

実は、その日、私とふうちゃんは
野暮用があって、
出かける算段をしておりました。

母にも、出かけるからね・・・と
言って、二階に上がり、
支度をして、いざ、出かけようと
母の部屋をのぞいてみたときに、

見たのは・・・・・

ベットの上で、苦しそうにあえいでいる
母の姿でした!!!

「お母さん!!!
大丈夫!!!!!」

思わず叫んで、母の側に飛んでいきました。

母は、咳き込み、苦しそうにあえいで

「息が出来ない・・・・」と、
小さい声で・・・訴えていました。

大変だ!!!!
肺炎になっちゃったんだ!!!

「急変」という言葉が、頭を
よぎりました。

もっと早く、医者に連れて行かなくちゃダメだったんだ!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

母の入院・・・その6

この日はその後、この病院で
気管支炎のお薬をもらい、
家に帰ってきたのですが、
その夜、この先生から直々に
お電話がありました。

いったん、家に帰してみたけれど
その後、どうなったのかと、
心配してくださったようで、
何度も、診察の時に注意してくださったことを
繰り返して、おっしゃっておられました。

高齢者は、熱がなくても
肺炎になるので、少しでもおかしいと思ったら、
救急車を呼びなさい・・・・・・と。

正直言いまして、
このとき、お電話をくださらなかったら、
私の対応は、もう少し
違っていたかもしれません。

というのは、
この翌日に、茨城から
兄がやってきたのですが、
その夜、久しぶりで、親子3人で
結構楽しく、話し合ったりして
母はとっても元気だったのです。
先生のおっしゃるような、
急変するという感じは
このときには、
全く感じられませんでした。

下痢騒動以来、母は
夕飯に食堂に起きては来るのですが、
殆ど食べなくて、
おまけに、直ぐに調子が悪いと行って、
ベットへ戻ってしまう生活が続いていました。

それが、この日は、
兄が来たのが、嬉しかったのでしょう、
珍しく、2時間ほど、食堂で
私たちと、おしゃべりを楽しんでおりました。

ですから、兄に
近所の先生から、急変したら、
救急車を呼びなさいと、言われていると
話しても、ピンとこないらしく、

「病院になんか行ったら、
かえって病気がひどくなるぞ」
などと、冗談に言っていたくらいでした。

何せ、この兄、
ものすごい、医者嫌い、病院嫌いなんです。
病気は、自力で治すと、豪語している
体力自慢の、元気印そのもの
みたいな人間なんですから。

というわけで、
もう、おわかりだと思いますけど
母は、この翌日、様態が急変するのです。
そのお話はまた明日・・・・

母の入院・・・その5

さて、母のかかりつけのお医者さん。

母がこの場所に引っ越してから、
ずっと、家族みんながかかっていた医者です。
お年は・・・・・
母より少し年下・・・かなあ・・・・
ですから、もう、本当だったら
引退してもいい、そんなお年の
お医者様です。

ただ・・・このお医者さん、
どちらかというと、お年寄り向きらしい。

年寄り向きなんて、変な表現ですけど
どうしてもそんな感じがしてならないのよね・・・・

だって、まるでお年寄りのサロンみたいに
待っている患者は、お年寄りばかりという
そんな、病院なんですもの。
おまけに、この先生、とってもお話好きなの。
年寄りを相手に、長話をしていることが多くて
やたらに診療に時間がかかるんです。

それはそれで、
年寄りの愚痴を聞いてくださる、
言うなれば、カウンセリングもしている
親切なお医者様とも
言えるのかもしれませんけど・・・

で・・・
2月9日(土)の早朝、
母を車で送っていて、
いったん、車を家に戻して、
母の様子を聞きに、私は
病院へとって返したのでした。
(実はこの病院、駐車場がないの)

診察室にはいると、ちょうど
母の順番だった。

例によって、四方山話を
長々とやった後に
おもむろに、胸を見てくださった先生が

「うーん、肺炎にはなってないようですね
気管支炎かなあ・・・」

と、暫く考えておられて

「大きな病院で診てもらいますか?」

「大丈夫よ、ひどくないから
大きな病院なんて・・・大変だし・・・・」

と、いつものごとく母が言うと

「お母さんの大丈夫は、大丈夫じゃないからね」

と、先生がくぎを差されて、

「今日は土曜日だからねえ・・・
明日から連休だから・・・・・・・・・・」と
思案されていたのですが、

最後に、
「お母さんは高齢だから、心配なんですよ」と、
おっしゃるのです。

つまるところ・・・・・・・

高齢者は、気管支炎から肺炎になる
可能性が高い。
しかも、いったんなってしまうと、
急激に悪化して、
大変なことになるらしいのです。

まずいことには、この日が土曜日で
明日から連休が来るわけで
お医者さんが休みになって
手の打ちようがなくなる心配がある
ということなのです。

「高齢者の肺炎は、
熱が出なくても、悪化するから、
よーく、気を付けておかないとね・・・・」

というわけで、
今日のところは、このまま帰すけど
少しでも、咳がひどくなったり、
変化があったら、直ぐに救急車を呼んで
大きな病院に連れて行くようにという、
注意を言い渡されて、
この日は、放免になったのでした。

今にして思えば
母を、無理にでも引っ張っていって、
大きな病院に連れて行っておけば
この後起きる、騒動には
ならなかったのかもしれません。

母の入院・・・その4

さて、
1月の末、一応治ったはずの下痢でしたが、
実はそれ以後も、母の食欲は
全く改善されておりませんでした。

相変わらず、
お茶碗四分の一ぐらいのご飯と
あとは、ほんの少しのおかず、
そして、お汁ばかりの食事。

大丈夫なのだろうか、と、心配は
していたのですが、

「大丈夫なの?」と聞くと、
返ってくる返事は

「大丈夫よ、熱もないし・・・・」
だった。

確かに、この間ずっと母の熱は
平熱でして、
それが、つい油断してしまった大きな
原因だったかもしれません。

ただ、
一つだけ、
ちょっと変だなあと思ったのは、咳です。
空咳というのでしょうか、
あんまり激しくはないのですけど、
よく、咳き込んでいました。

夏に娘が風邪をこじらせたときにも
ひどく、咳き込んでいたのですけど
あのときのような、苦しそうな咳
というのではなく、
軽い、簡単な咳だったので、
私もあまり、気に留めていませんでした。

それが、
2月6日頃になって
急に、ひどくなってきたのです。

「お母さん、風邪ひいたんじゃないの?」

「そうねえ・・・どうも、息苦しいのよね
でも、熱もないし・・・大丈夫だと思うけど」

というような、そんな会話を
繰り返していた、
2月8日のこと。

昼間、2階で確定申告を書いていたのですが、
ちょっと、用事で下に下りてみると、
母が、台所にいて、
アイロンをかけようとしていました。

ところが、
そのアイロンをやめて

「ちょっと、苦しいのよ・・・
今日はアイロンかけるのやめるわ」
と、急に、ベットへ戻ってしまったのだった。

「もう、ダメねえ・・年には勝てないわ
アイロンさえかけられないなんて・・・」
と、ゼイゼイいいながら、
ベットに寝込んでしまった母。

それを見て、
こりゃ、ちょっとどころか、大いにおかしい・・・
どこか、きっと悪いにちがいないと、思いました。

「お母さん、医者に診てもらわなくちゃダメよ、
明日、医者に行こうね」

というわけで、
その翌日、つまり
1月9日の朝一番で、近くの
かかりつけの医者に出かけたのでした。

母の入院・・・その3

母の病気が、治ってなかったことに関して
今、考えてみれば・・・
実は、いくつかの兆候があったのでした。

まあ、今思えば
「そう言えば、確かに・・・・」と
思えることが、結構あったのですよ。

でも、それは、今思うから
気が付くことでして・・・・・・
この時には・・・全くといっていいほど
気が付いておりませんでした。

その兆候の一つは、
母が、昨年の暮れ頃から・・・・
いや、ひょっとしたら、11月頃からかも・・・
私とよく、交わした会話の中にありました。

「最近、喉がおかしいの・・・
いがらっぽい・・っていうか・・・なんだか
喉が詰まってる感じなのよね」

「お医者さんに、診てもらえば?
喉に何か出来てるんじゃないの?」

「いいわよ、大したことないから
年のせいよ、年を取れば、みんな
こんなものよ」

どうもねえ、
母の、この口癖がくせ者なのよね。

「こんなもんよ・・・」っていうやつ・・・・

確かに、年を取れば、体はどこもかしこも
少しずつおかしくなります。
何を隠そう、私だって、腰が痛いだの
膝が痛いだのと、あちこち
がたが来ているんですからね。

80半ばを過ぎた母にしてみれば、
年を取れば、当然
どこもおかしくなるわけでして
喉だって、ちょっと調子がおかしくなっても
不思議はないというのが、
母の論理なんです。

そこへもってきて
生来の医者嫌いというか
病院嫌いですからね。

よくよく考えてみたら
去年、医者に行ったのは、
なんと、介護認定のために
渋々出かけた、かかりつけの
お医者さんが1回だけという、
なんとも、驚きの元気な母だったのです。

えーっと
なんだったっけ・・・そうそう、
兆候の話だった・・・・

もう一つ、ありましたね。
調子が悪かった兆候・・・・・

それは、母の買い物です。

母は、腰が悪くて、あまり歩けないのですが
近くのスーパーにはたまに
買い物に出かけることがあります。

歩いて、私の足だったら
5分ぐらいのところにあるスーパー。

でも、そこへ行くのに
母の足では、私の4倍ぐらいかかります。
というのも、途中で、休んでいるのです。

3度ぐらい、立ち止まり、
近くに石段などがある場所で、
腰を下ろして、休んで、それからまた・・・
という具合に、
ゆっくり、ゆっくり歩いて行くのです。

何故そうなるのか?
私も、母も、家族みんな原因は
腰が悪いせいだと思っていた。

家の中で歩いていても、
よく、母は、腰が痛いと言います。
それで、直ぐにベットに行って
寝ていることが多い、この頃なんです。

だから、当然、家族みんな
腰が悪いから、歩けないんだと、
まあ、そういうふうに、簡単に、
思いこんでいたのでした。

そして、最後の一つは

暮れからずっと、
母が庭に出なくなったことでしょうか。

なにしろ、庭の手入れが好きな母です。
特に好きなのが草取り!!

え?草取りなんて好きじゃないって?

そう、そう、
草取りが好きと書くと、
怒っちゃうのよね、母は。

母が好きなのは、
草を取った後の、爽快感だった。

「綺麗になったのを見ているのが
好きなんだからね!
草取りが、好きなわけないじゃないの」

はい、はい、確かに・・・・

とにかく、まあ、好きなんですよ庭に
出て仕事をするのがね。
その好きな庭に、
この暮れあたりから、
すっかり出なくなっておりました。

今年の冬は、
いつもより寒かったですから
私としては、寒いから出ないのだろうと
これもまた、単純に、簡単に
考えていたのでした。

でも、でも・・・・
実は、それらみんな・・・・
本当は、母の体の調子が
ずっと、悪かったからだったのです・・・・・

というわけで、
またしても、続きは明日。

早く治る場面をという、ご要望も
ありますが・・・・
まだまだ、先は続くんです
すいません・・・・・・

母の入院・・・・その2

さて、母の食が細くなっていたお話でした。

去年の暮れ頃から、
とにかく、食べなくなっておりました。

ご飯のお茶碗半分の量と
少しのおかずぐらいしか食べて
くれなくなっていたのでした。

そして、食事の時にいつも言う言葉は

「おつゆ物がいいわ・・・
食べ易いんだもの」

年を取ると、喉通りのよい物がいい
というのは、本当のことですね。
食事中によく、みそ汁だの
スープだのを欲しがる毎日でした。

そこへもってきての、
今回の下痢騒動。

ただでさえ、食べられなくなっていたところへ
下痢ですからね・・・・・・
半分だったご飯が、その半分ぐらいに
なってしまった・・・・・

少し多めに、ご飯茶碗によそおうものなら

「いらないわ、少し食べてよ」と
私の、お茶碗にご飯を
わけてよこすのです。

何せ、下痢ですからね
医者嫌いの母が、珍しく今回は
素直に、医者に出向いてくれたのですが
さすがに、この食欲ばかりは
お医者様にもどうにも出来ないらしく

「そうですねえ、
食べられるものを、少しずつでも
それから水分をしっかり取って」と
おっしゃるのみでした。

そう・・・・
水分ですよね、下痢などをしたときには
やっぱり水分が大切なんです。

小さい子供もそうですけど、
年寄りも同じです。
しっかり水分補給をしないと
脱水症状になる・・・というわけで、

それじゃあ、ご飯がダメなら、
せめて、お汁だけでもと
私としては、欲しがる水分を
どんどん補給しなくちゃと、
頑張って、スープ系の食事を
作っていたのでした。

その甲斐があってでしょうか
さしものひどかった下痢も、
とにかく、何とか収まるのです。

今、ちょっとブログを
読み返してみたのですが
私が、お友達と出かけたのが
1月の30日のことでした。

ということは、
母は、そのころには、下痢の方は
いったん収まって、治っていた
ということになるのです。

つまり・・・・

近所の母のかかりつけのお医者さんに
通って、薬をもらい、どうにか
下痢が収まったのが1月の末あたり・・・

で・・・・・・・
本当だったら、治って、元気になるはずの
母だったのです。

私も、当然治ったと思っておりました。

確かに下痢は収まりました・・・・
収まったのですが・・・・
実は、体の中ではちっともよくは
なっていなかったのです・・・・・・・・

続きは明日。

母の入院・・・その1

丈夫な母が、年明けからずっと、
おかしかったのです。

そもそもは、下痢から始まったのだった。

罹った方はおわかりだろけど、
今年の風邪は、下痢を伴う方が
多いそうで、しかも、頑丈な男の人でも
結構長引くのだとか。

ふうちゃんの職場の方も罹って
殆どものを食べられない日が続いたと
お聞きしました。
頑丈な成人でも大変なら
当然、高齢の母には負担も大きく
今回ばかりは、
ちょっと大変だったのです。

食べると直ぐに、出ちゃう・・・
(すいません、変なお話で・・・)
それこそ、本当に直ぐという感じだった。
それで、このところめっきり
食が細くなっていた母は、
食べることが、恐怖になったようで
殆ど食べなくなってしまったのでした。

まあ・・・・・
考えてみれば、去年の後半以来、
食べる量が減ってはいたんですよ。
ご飯のお茶碗に半分ぐらいしか
ご飯を食べなくなっていた母でしたが、
私が
「もう少し食べたら」というと、
返ってくる言葉は、

「だって、寝てるばかりだもの、
食欲ないのよ」ばかり。

そのあげくが
「年寄りはまあ、こんなものよ」

だったのでした。

それで、つい、つい、私も何となく
毎回聞かされていたので、
そんな物かなあ・・と、何となく
何となくですけど、納得しちゃっていたのでした。

実はこの、母の言う
「こんなもんよ」は、実は、本当は
こんなもんじゃなかった、問題を含んでいたんです。
でもね、毎度のことながら、
この言葉に慣れちゃっていた私は、
そんなこと、全く気が付きませんでした。

とにかく、
母はこの1月後半、下痢で
食事が殆ど食べられないという状態だったのです。

続きは明日。

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2014年9月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

ピーコのブログ仲間

  • ホタルと月の国
    絵をお描きになる、浜辺の月さんのブログです。 油彩、水彩、鉛筆、パソコンなど、何でも使って描かれた素敵な絵が、たくさん載っています。絵を描くことの楽しさや、感動が伝わってくる気がします。
  • 信濃はまほろば
    信濃追分に週末住宅をおもちの、ヘンゼルさんのブログ。 自然、ひと、美しい物すべてを、素敵な写真で表現されています。
  • ふうちゃんの軽井沢滞在日記
    ふうちゃんが軽井沢から滞在中の出来事を発信しています。さらに、東京からの発信もあります。
  • ひとりごと
    絵をお描きになる、ぴえろさんのブログです。 日々の暮らしを楽しんでいらっしゃる様子が、素敵な絵と文章で表現されています。表情豊かな人物の絵がとても魅力的です。
  • ひなたぼっこ
    いろいろなことに、興味津々のタムさんのブログ。 あちこちにいらっしゃって、素敵な写真がいっぱいです。名前通り、心がぽかぽか、ほっとするひとときが待っている場所ですね。

ピーコのおすすめ!

  • ピーコ&ふうちゃんの部屋
    ピーコと、ふうちゃんが最初に立ち上げたHP! さっぱり理解できないパソコンと格闘して、どうにか作った代物です。
  • P&F in Karuzawa
    ピーコとふうちゃんのお部屋からおいだされたふうちゃんが、独立!軽井沢の風景、内田康夫の名所案内、軽井沢滞在日記などがあるHPです。

acces