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軽井沢の花たち

  • ツリフネ
    軽井沢の庭に咲く花を集めてみました。東京では見られない花がたくさんあるのに、驚きます。

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ゴミの収集

東京の我が家がある区では
明日から、ゴミの収集の方法が変わる。

今までは、不燃ゴミというのは
プラスチックだのビニールだのが
入っていたのだけど、
明日からは、可燃ゴミになるのだ。

要するに、
埋め立て地が満杯になるので
何でも燃やそうというわけらしい。

それまで、プラスチックだの
ビニールだのを燃やすと
有毒ガスが出たのが、
燃やす技術が向上して
出なくなったとか・・・
まあ、本当のことなんだろうと
思ってはいるんですがね。
ホントかどうか・・・・・・?
行政のおっしゃることを
信じるしかないわけで・・・・

とにかく、分別方法が変わるというのは、
ちょっと大変なんです。
我が家だけだったら、
まあそれを守ればいいのですが
なにしろ、我が家には、
たなこがいるわけでして・・・
これが、ちゃんと守ってくれるかどうか
ちょっと、怪しい・・・・

これまでも、
何度も、ゴミの出し方を
あれこれ、表示してきたのだけど
あんまり守られてないのです。

それで、
まあ、大家としては、
今回も、でっかーーーい表示板を作った!

「明日から、ゴミの収集がかわりますよー!!」

と言うわけです。

しばらくの間、
曜日の注意と、分別の
注意を大きな紙に書いて
玄関に出そうと思っております。

さて・・・・・
果たして、たなこさんは
守ってくれるでしょうか?

ゴミって、子どもの頃からの
教育なんだと思うんだけどねえ・・・・
地球環境のためにも
皆さんに、守って欲しいと
いつも思うのです・・・・・

彼岸に咲く花・・彼岸花

我が家の庭に今年も
彼岸花が咲いた。

彼岸花って・・・・
なんというか、まあ、不思議な花ですね。Higanbana

あれを見ると、
本当に彼岸に咲いているような
そんな気がする。

で・・・まあ
その・・・今日は絵画教室でして
その花を持って出かけた。

要するに、彼岸花を描こうと
思ったわけでして・・・

ですがね、
あの花、描こうと思うと
なかなか、描けないんですわ。
ゴチャゴチャしてて・・・
見ているうちに、何処が何処やら
さっぱり分からなくなっちゃう。
それで・・・ついには
えーーーい、どうでもいいや!
となっちゃうんですの。
トホホ・・・・

実は、去年も挑戦して
トホホだった・・・・

ふうちゃんが、帰ってくるそうそう

「お前、今日は何を描いたんだ?」
と聞くので、
「彼岸花よ」と、いったら、
「今年も、挫折したか?」だってさ!

フン!
どうせ、そうでしょうよ・・・
まあね、さすがふうちゃん、
よく分かってますわよ。

でもねえ、あの花、私好きなのよね。
だって、日本画にピッタリの花だと
思いませんか?

満月に、薄・・そして、
真っ赤な彼岸花・・・
そういう日本画をいつか
描いてみたいものです。

しかしながら、
今年も、まあ・・・やっぱりトホホだった。
でもね、
先生が
「うーん、まあ、一応・・・なんとか
あってるような、気がしますね、デッサンは」
と、おっしゃって下さった・・・・
(ハハハ半分以上お世辞だろうけどさ・・・)

まあ、そのお恥ずかしい
トホホの作品は、非公開なので
ふうちゃんが、今朝撮った
写真をみて、秋を感じて下さい。

手作り門柱

東京に帰りました。Montyu1

帰る前に、軽井沢の家の入り口に
門柱を立ててきた。

いただいた丸太を切って
1メートルほどにして
その上に、表札・・・・
というか、まあ、
名前を書いて、ついでに
紅葉の絵を描いたのです。Syoma1

穴を掘るのがちょっと、
大変だったのと、
表札を、タボを使って
くっつけるのが、大変でしたがKirinsou
何とか、ふうちゃんの協力を得て
出来上がりました。

斜めになっちゃったけど、
まあ、ちょうど、下り階段ですから
いいかもね・・・・

ついでに、軽井沢のお花をYamabosimi
お楽しみ下さい。
やっぱり素敵なのは、
サラシナショウマですね。
左→ヤマボウシの実です。

軽井沢は雨・・・

昨日から軽井沢は雨です。

こうなると、お庭のお掃除もMarutaisu1
ままなりません。

仕方がないので、
またしても、椅子磨きに
精を出しております。

結構疲れますよ。
なにしろ、サンダーと手で
ゴシゴシ磨くんですから。

ただ、ただ、できあがってMarutaisu2
テーブルの横に並べる時を
想像して、自分で作った
椅子だぞーと、
自慢する時を楽しみに
頑張っております。

椅子ができたら、
今度はテーブルの大きいのが
欲しくなるだろうなあ・・

やっぱり、私って
物欲のピーコさんなのよ。Sanda
欲しい物が沢山・・・・
おんぼろ車も買い換えたいし・・・
ああ・・・・・先立つものがあればねえ・・・
今日は、ぼやきのピーコさんでも
あるなあ・・・

倒木を切る・・その2

昨日の倒木の話の続きです。

実は、昨日の作業は
途中で中断して、木を途中まで
倒したまま、切っていた人たちは
帰っちゃったんです・・・・

ちょっと、びっくりでした。Touboku_1
だって、木は途中まで倒れたまま
そのままなんですものね・・・・
写真右→

どうするんだろう?
どうしてやめちゃったのか?
疑問のまま、一日過ぎました。

で・・・・
別荘の管理の方に
お会いできたので、
聞いてみたんです。

「どうして、木を途中まで倒して
やめちゃったんですか?」ってね。

そうしたら、
理由が分かりました。

倒す木が電線にかかっちゃって
いたんです。
確かに、このまま倒すと、
電線が切れちゃう・・・
かといてって、昨日の作業の
ように、シャベルカーでも
支えきれない・・・・

そうなると、どうするか?
中部電力を呼ぶんだそうです。
電力会社立ち会いで
作業を進めるのだそうです。
つまり、間違って電線を
切っちゃっても、
すぐに復旧できるというわけ。
なるほどねえ・・・・・

とにかく、作業は
暫く持ち越しなんだそうです。
何しろ今日は休日ですからね。
電力会社も休日。

朝の散歩で、歩いてみてImg_0313_2
またしても驚き。
この前見たときより、
もっとひどい状態です。
あのときは、よく見えてなかった
部分が、見えてきました。

トラックがImg_0317
昨日も沢山の
切り取った丸太を
運んでいました。

300本以上、切り倒して
いるそうです。

自然の力は偉大です。

これが自然淘汰という
ことなんでしょうね・・・・

倒木の木を切る

今日も、別荘地のあちこちから
チェーンソーの音がしております。

傾いた、木を
切り倒している音です。

道を走れば、
あちこちに、切られた木の
切り株が見られます。

別荘地のあちこちには
折れた枝の山と
ゴミの山ができています。

軽井沢は、本当に
大変だったのだと、
改めて感じています。

で・・・・
倒れた木を、切り倒す現場を
見ていました・・・・

大きなシャベルカーが
やってきて、何をするのかと
思っていたら、
なんと、木を支えている・・・
シャベルで、倒れてくる木を
止めているんです。

よく見れば、
倒れる先には
電線が・・・・・
そのまま倒れてしまえば
電線が切れてしまう・・・
そこで、シャベルで、支える
という訳なんですね。

簡単に、切ればいい
というわけにもいかないんですね。

本当に、大変な作業・・・・
男の人が、何人もやってきて
ずいぶん時間をかけて
切り倒していました。

軽井沢が
停電2日間というわけも
分かった気がします。

軽井沢の電線は
地下に潜らせるのが正解かも
しれませんね。、

再び軽井沢

早朝軽井沢に車で入った。

東京は今日も暑いそうで
30度を超したようですね。

こちらは、27度どまり。
最も家の中は、もっと涼しいです。

朝夕は、13度だそうで、
じっとしていると、寒い感じです。

さて、
こちらは、先週とあまり
変わっておりません。
相変わらず、別荘地内の道は
一部通行止め。
先週、私たちが作った
枝の山はそのままだった。

庭に出ると聞こえてくるのが
チェーンソーの音。
倒木を切り倒しているようです。

今年の冬は、たぶん・・・
暖炉の薪が安いのではないかしら・・

今日、私は丸太を磨いていた。
門柱にもらった、丸太。
大きすぎたので、
切ってもらったんです。
そうしたら、3脚の椅子ができた。

それを、ヤスリで磨いておりました。
結構大変だった。
でも、何となくオブジェみたいで
格好いいのよ。
もっと綺麗になったら、
家の中に入れて、
使おうと思います。

もう少し磨かないとダメだけど・・・
ちょっと、楽しいですね。
少しずつですけど、
木肌が綺麗に出てくるのを
見るのは、嬉しくなります。

ただ・・・・
何せ丸太だものね。
とにかく重いのよ。
ちょっとやそっとじゃ動かない。

木って、
すごーーーく重いものなんだなあと、
改めて、驚いています。

でも、この木が大きくなるには
ながーーい年月がかかっているの。
森の中で、少しずつ、大きく
なっていったんだなあって、
思うと、大切にしなくちゃね。
木は、本当に素敵です。

野草は強い!

一日、お掃除をして
東京に帰りました。

倒木のすごさにびっくりの軽井沢ですが・・・Kiturifune

季節は、すっかり秋になっております。

(この数日は、軽井沢も暑かったけど・・)

台風にもめげず
草花は元気です。Sarasina1

一番嬉しかったのは
我が家の庭に、
サラシナショウマが
咲いていたことですね。

オカトラノオとよく似てますがTurifunekituri
もっと素敵です。

ツリフネの宝庫です、ここは。

黄色いキツリフネと、
赤いツリフネソウ。

そして、ミズヒキがいっぱいです。Whitefl

アカマンマも元気。

とにかく、野草は強いですね!!

上から
キツリフネ
サラシナショウマ
キツリフネとツリフネソウ
アカマンマとアキノウナギツカミ
だそうです。

軽井沢の野草の写真は
ふうちゃんのブログをご覧下さい。

http://blogs.yahoo.co.jp/fuhchan2399/25329193.html

台風後の軽井沢・・2

朝起きて、外を見たら・・・・

枝がとにかく落ちてます。Dekki1
あちこち、そこらじゅう、とにかく
落ちてるんです。

うれしいことに、我が家の庭の
木は、一本も倒れていませんでした。

でも・・・・・

昼ごろ、散歩に出て
びっくり!!!!Yama1

別荘地内、あちこち、倒木だらけなの。

本当に、大きな木が
根っこから、倒れているんです。

崖崩れも起きていました。

こんな光景は、見たことがないです。 Donou1

別荘地管理の方が
おっしゃるには・・・・

「台風の翌日は、地獄絵をTouboku1
見るようでした・・・」

道路には、木が倒れて通れない
状態だったようです。

台風のとき、別荘地にいらっしゃった方が
おっしゃるには

「2日間、夜は真っ暗・・・ Img_0291_3
怖かったです」

自然の力って、
ものすごいですね・・・・

ただただ、驚くばかりです。Touboku4
写真上から

我が家のデッキ
我が家の枝を集めたゴミの山
崖崩れを止める土嚢
倒木、枝が折れた木です。

台風後の軽井沢

夕方、軽井沢に入りました。

信濃追分から
別荘地まで、車で迎えに
来てもらったんですが、
途中、折れている木が
何本も見かけられました。
本当に大変だったようです。

「これでも、通れるように
綺麗になったんです。
直後は、ひどくて通れなかった
んですよ。」とのお話。

崖崩れで、通行止めの道も
まだたくさんあるようです。
別荘地ないの木も
2百本ほど倒れたそうです。

別荘地のレストランで
夕食をとって、
我が家に戻りました。

こちらのレストラン、
洋食なんだけど
私の嫌いな物が
出てこないの・・・
いつも、私だけ
別メニューなんですよ。
好き嫌いが激しいピーコには
ピッタリのレストランなんです。

で・・・・・
家に戻ってみれば
我が家の庭は・・・・・・

真っ暗な中でも
散乱しているのが分かりました。

枝がとにかく、
散乱しています。

明日は、お掃除ですね。

一応、お家は無事!!

ほっとしております。

明日、詳しく写真など
ふうちゃんが撮ってくれるでしょう。

よかったわ!!
とにかく無事で。

台風の被害

やっと、涼しくなってきました。

東京へ帰って、
夜に冷房が必要な日が
続いていて、
まいった・・・・・・

苦手なのよね、冷房。

やっと、冷房なしで寝られるように
なりました。

さて、
軽井沢の別荘の管理会社から
台風の被害の報告があった。

それによると・・・・・
別荘地内の被害は、

1)倒木数百本・・・・・・

へ?百本?!!そんなにーーー!!

2)土砂崩れ、数カ所

3)雨水による、排水のオーバーフロー

4)停電による、冷蔵庫等の運転停止2日間。

だって・・・・

うーん、大変だったようです。

東京の被害は、殆どなかったのに
軽井沢でこんな被害がでるとは
びっくりですね。

さて、我が家はどうなっただろう?

見に行ってこなくちゃ・・・・

巣箱・・・ついてるかなあ?
落ちちゃってるかも・・・

でもね・・・・
落ちてても、
今度付けるのは、
私じゃないからね!!

分かってるわよね、ふうちゃん!!

日常

普通の日が戻ってきました。

東京の生活は、何故か忙しい。
何でだろうね・・・・・

まあ、特別なことがなーんにもない、
こんな日が一番平和で
いいのだろうけど、
何故か忙しいのよね。

さて、
エアロビクスの教室を
又しても換えたのです。

何故か?
・・・・・・・・・・・・・

新しいところは、設備がよくて
綺麗なお風呂と、ロッカー
パウダールーム、など、など
みんな素敵だったんだけど・・・・・・・・

遠かった!!!

やっぱり遠いと通いきれない。

自転車で5分と、15分の差は、
大きかったですね。
やっぱり、毎日通うところは
近い方がいい。

インストラクターも
設備も、その他諸々も
全部まとめて悪くても
近い方がいい。

・・・・・・と
思っていたら、
前のスポーツクラブが
設備を直して、風呂とパウダールームと
格好いい、機械を導入したの。
それで、早速元に戻っちゃった。

競争なのねえ、この世界も。
乱立するスポーツクラブの中で
生き残るのは、大変だろうなあ・・・・

などと思いつつ、
昨日、今日と、通っております。

で・・・・・・
今度はお風呂も出来て
前より、ずっとよくなったんですが・・・・

その風呂に入ってきた・・・・・・

で・・・・・・
まだら模様の体が・・・・・・
恐ろしい・・・・
みられるのが・・・・・・・・・

ま、いいか・・・・・
いまさら、お嫁に行くわけじゃなし・・・・

東京の皮膚科の先生曰く

「ちょっと、時間がかかります・・・
たぶん・・・元に戻ると思いますが・・・・・」

「が」・・・・だって・・・
「が」ってことは、もどらないってことも
ありなのかしら?

お読み下さってありがとう!!

おかしな、おかしな、
軽井沢のお話(2つの出来事)を
お読み下さった皆様
本当にありがとうございました。

こちらにお越しの、
タムさんが、わざわざ
ブログにご紹介下さって
又お越し下さる方が
いらっしゃるようです。
本当に、感謝、感謝!!

m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m

と言うわけで、
ブログは、時系列が逆でして
お読みつらいかと思い
HPの方に、時間順に移しました。

そちらの方が読みやすいと思います。
これからおいでのお客様は
こちらへお越し下さいませ。

2つの出来事(軽井沢の落とし穴)

http://homepage2.nifty.com/pihkoandfuhchan/ziken1.htm

よろしくお願いいたします。

憧れの軽井沢生活への教訓

ピーコの2つの出来事を多くの方にお読み頂きましIkaru1

ありがとうございます。一日200件を越えるヒットがありました。

このまま、毎日続くようなら「真鍋かおり」並のヒットブログに

なるところでした。ご安心下さい、本人かなり疲れており、

次作まではかなり時間がかかりそうです。ヒット数も平常に

もどりました。

そして、今回の台風騒ぎです。

停電48時間、倒木。台風が直接接近した東京より軽井沢の方が

大きな被害が出ております。

そんことを経験するなかで、憧れの軽井沢生活への教訓を得ました。

1、医療体制の不備

2 停電に弱い体質

ということです。

医療について、島根県出身の友人からこんな話を聞きました。

「東京の人は、歳をとると地方地方へと行きたがるが、田舎の人は、

東京(都会)へ出てきてマンションを買う。」

鍵一つで便利な生活が送れる。特に、医者が近くにいるからだそうです。

娘の耳鼻咽喉科。ピーコの皮膚科。

東京にいたら大して問題にならないほど小さな出来事だったと

思います。

電気が中心の別荘生活。これに今回の台風は大きな警告を発しました。

IH、暖房みな電気がなければ機能しません。

マイナス15度の中で、暖房が来ない生活、考えられません。

東京のすみかを確保した上での軽井沢の生活を考えていくことが

懸命な選択なのでしょうね。(ふうちゃん)

確かに・・・・・
今回、色々教訓を得ました・・・・・・

ですが・・・・・・

ですが・・・・・・

私は軽井沢が好きです!!

何故か・・・・・・・

あのね、先日テレビのNHKのお昼の番組で
「田舎暮ぐらし」と言うお話があってね、
どんな人が、田舎暮らしに向いているか
ということを聞いたんです。

それはね・・・・・

「一人遊びの出来る人」

だそうです。

人間嫌いのピーコには、
ぴったりなのーーーーー

ま、そういうわけで、私は軽井沢派です。
(ピーコ)

なんだか、ぼーっと・・・・

なんだかぼーっとしております。

いっぺんに疲れがでちゃった感じ。
とにかく、忘れないうちに、出来事を書かなくちゃと
一気に書いたので、反動かもしれません。

かぶれの後遺症と、いえるかもしれないんですが、
夜眠れなくなっちゃって、
目がさえちゃうんです。

でまあ、文章が頭の中で、クルクル
回っている感じの日々だったの。

ふうちゃんも書いてますけど、
急にアクセス数が増えて、
びっくり!!
読んでいてくださる方が、
いたんですねえ・・・・・

でも、今日は又元に戻っちゃった。
ッハハハ
そりゃそうよね。

だけどね、
そんなに、この世の中面白い話なんて
ある分けないじゃん。

もしあったとしたら、
身が持たないわよーーーーー
何事もない、普通の主婦が一番です。
平穏無事、これに限りますね、人生は。

さて、さて、
アクセス数を稼ぐためじゃないけど、
ちょっと、例の浅間総合病院の
皮膚科の先生のお話を一つ。

この先生、
結構面白い先生だった。
いろいろなことを、ブツブツ私に
話してくれたんですよ。

ちょっと、診察室の場面に
戻ってみましょうか・・・・・

えーーっと、
診断が下ったその後からです・・・・・・

「漆のかぶれだからね、
痒いでしょう?」

「はい、すごーーく、すごーーく、痒いです
寝られないくらい痒いです」

「じゃね、かゆみ止めの薬を出すから飲んで・・・・
と、それから、塗り薬を2本出すからね」

「2本ですか?」

「うん、一つは、体に使って、もう一本は顔ね」

「一緒じゃダメなんですか?」

「あのね、人間の体の皮膚って、結構頑丈なんだなあ
だけど、顔の皮膚はね、デリケートなんだよ。
いいよ、一緒に使っても、だけど、そうなると、
顔の方は、ひきつれちゃうよ・・・・・・・・
そうだなあ、ニキビの痕になってもよければ・・・いいけど
どう?つかってみる?」

「いえ・・・いえ、やめます」

「それじゃ、君(横に看護士さんがいたの)
塗ってあげてね・・・・・・・と・・・・・
塗ってもいいかな?」

「はい、痒いのがなおるんなら、なんでもどうぞ・・」

「いやーーーね、前にね、塗ってあげたら
怒られたことがあってね」

「はあ?薬を塗って、怒られるんですか?」

「うん、服が汚れるって、凄く怒られたことがあったよ」

「でも・・・・服は洗えばすみますから・・・」

「そうだよね、うん、でも、まあ看護士さんって
結構厚塗りするからなあ・・・・それでかなあ?
どう思いますか?」

はあ・・・・・????

そんなこと言われたってねえ・・・

「まあ、人それぞれってことかなあ」

「はい・・・・まあ・・・・」

ってなぐあいでして・・・・
なんとなく、この先生、私相手に
遊んでいたんじゃないのかしら?

名医は、話も面白い?
そういう定義はないようだけど・・・・・

とにかく楽しい先生だった。

こんな会話をしている頃には、
私の頭から、すっぱりと、「入院」の
文字は飛んでいってしまっていたんですよ。

ま、佐久にも名医がいるって
分かっただけでも、よかったのかも。

それじゃ、皆様お休みなさい。

私も今日は寝られそうです。

2つの出来事・・その11

ひとりぽっちで、軽井沢の家に
取り残されてしまった私。

その夜は、
もう、睡眠薬は飲みませんでした。
だって、眠っちゃうと、無意識に体中を
ひっかいてしまうからです。

掻けば、掻くほど、どんどん
私の体は編み目は増え
痒さも、ひどくなるばかりなんですから。

そんなことになったら、
もっと大変になってしまう。

・・・・・・・・・・・・・・

とにかく、ベットには入ったんです。
眠ろうと頑張ってみたんです。

だけど、だけど、

痒くて、痒くて眠れるものじゃありません。
ただ、ただ、じっと、
早く朝になれ!!
夜が明けてくれ!!と、
痒みを我慢しながら祈るばかりでした。

翌朝のことは
あんまりよく覚えていません。

頭にあったのは、
10時の予約までに、とにかく
浅間総合病院の皮膚科に行くことだけでした。

食欲もなく、何を食べたのか
食べなかったのか、
それさえも、はっきりしないんです。

でもね、
ただ一つだけ、はっきり覚えているのは、
病院に行くときに持っていくものを
探している姿です。

だって、私の脳細胞は
もうそのころには、しっかり
「入院」っていう、2文字でがっちり
固められちゃっていたんですから。

「歯ブラシ、コップ、そして、寝間着」と

入院セットをしっかり整え
家の戸締まりもして、
先生に「入院」といわれても
困らない支度を済ませて
私は、9時半頃家を出ました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

丁度、9時55分頃浅間病院に着いたと思います。

受付の人に、軽井沢の病院からの
紹介状を渡すと、
確かに、地域連携が整っていたらしく
受付も、カード作成も終わっていて
すぐに私は、皮膚科の診察室の前に通されました。

最近あんまり病気をしないので
大きな病院へ行くのは
久しぶりだった私は、
4百番台の番号を貰いました。

このごろは、病院では個人情報の保護とかで
名前で呼ばれないんですね。

皮膚科の前の電光掲示板には
第一外科、第二外科、形成外科の診察番号と
一緒に、皮膚科の診察番号も示されていました。

そうですね、

およそ、30分以上待ったでしょうか・・・・

その間、私は又しても
妄想にとりつかれておりました。

娘は4日で退院だったなあ・・・・
私はどうなんだろう?
(もう、このころは、入院するものと思ってた!!)

ひょっとして、もっとかかるかなあ・・・・

あれ?

そうしたら、娘は一人になっちゃうよ・・・・

もう、どうすりゃいいのよ・・・・・

あの子一人じゃ帰るわけにも行かないし・・・・・

この病院、私のそばに娘も一緒に
おいておいてくれないかなあ・・・・

全くねえ・・・・・・

我が思考ながら、とにかくあきれちゃう。
どんどん、どんどん、
悪い方へいっちゃうんだからねえ・・・・・

と、その時・・・・・・

「421番さーーん
皮膚科の診察室へどうぞ」
という、コールが聞こえてきたのでした。

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

診察室に入ると
先生が、私が受付で渡した
軽井沢の先生からの紹介状を読んでおられました。

それから、おもむろに顔を上げて

「それじゃ、患部を見せてください」と
おっしゃったのです。

私は、右の腕を上げて包帯を取りました。
(あんまりひどく痛むので
薬を塗った患部にアイスノンを乗せて冷やしていたの)

それから、腹部、足、と、順に見せたのです。

そうしたら・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

暫く、それをご覧になっていた先生が
静かに言った!!

「これは、漆だね・・・漆のかぶれだよ」

はあ?

「漆のかぶれ?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あのーーーー帯状疱疹じゃないんですか?」

「違うよ、帯状疱疹は全身にはでないからね」

「じゃあ、あの私が飲んだお高い薬は?」

「あれは、感染症の薬だからね、効かないでしょう」

「それじゃ、あの、あの・・・漢方薬も?」

「ああ、漢方薬ね・・・」

「抵抗力が上がるっていう・・・・・」

「うーん、そうだねえ、あんまり関係ないなあ」

ああああああああ・・・・・・・

ああああああああ・・・・・・・

ああああああああ・・・・・・・

ああああああああ・・・・・・

なんと言うこと、なんたるお話・・・・・

私が効くと思ってせっせと飲んでいたあの薬は
いったいなんだったのよーーーーーー

「でも、それじゃ、私のいっぱい飲んじゃったあの薬は・・・
あの薬は、大丈夫なんでしょうか?
副作用なんてことは・・・・・・・・?????」

「そうだねえ・・・・確かに、いっぱい飲んじゃったねえ・・・
2倍も飲んじゃったんだ・・・・」

「ええ、そうなんです、どうなるんですか?」

「うーん、大したことにはならないと思うよ。
そうだなあ、下痢するぐらいかなあ・・・・・
どうですか?下痢なんてしてませんか?」

「してませんけど・・・・・・」

(実はね、この後、家に帰ったら、しっかり下痢になった。
たぶん、私の体の方が、
この名医の言うことを聞かなくちゃあ
まずいと思ったんでしょうね、
2,3日お腹の調子が悪かったです)

先生のお話は、まだまだ続きました。

「漆のかぶれだと思うよ、春先だったら
桜草でかぶれる人もいるんだけどね、
この時期では、漆 しかないなあ・・・・

うるし・・・そうだねえ・・たぶん

つたうるしじゃないの?」

「つたうるし・・・・・つたうるし・・・・・
つた・・・・・つた・・・・・」

私の頭の中に電気が走りました!!!!

本当に、ぴぴーーーーーっと走ったんです。

「あれだ!!!!あれだわよ」

そうなんですよーーーーー

あれなんですよーーーーーーーー

この出来事の最初の所から読まれている方は
たぶん、もう分かっちゃってますよね!!

あれなんです。

(見てない方は、2つの出来事・・1をご覧下さい)

私が、ふうちゃんが東京に帰る日に
我が家の、庭にある木に付けた

鳥の巣箱!

あれを見てください。

あの巣箱の横に着いている葉っぱ!!

あれがつたうるしだったんです。

日にちもぴたり!確かに、ふうちゃんが帰ってから
私の体の調子がおかしくなったのですから。

目の前に、情景が浮かびました。

巣箱を取り付けていたとき
あの葉っぱにさわっている姿です。
ガサガサとした、手触りの悪い葉っぱだった。
チクチクして、痛かった・・・・・

あれなんだ・・・・
私の体の、この変調の大元は
あの葉っぱに触ったせいだったんだ・・・・・と
まさに、まさに、目に鱗の一瞬でした。

要するに、私はまあ、いわゆる誤診を
された訳なんです。

だけどですねえ・・・・

あのね・・・・・・

誤診をした、軽井沢の病院の先生の
名誉のために、申し上げなくちゃ
いけないんですが、

実は、こんなことになっちゃった責任の
半分ぐらいは、私にもあったんです。

というのは、
じつは、私が娘と一緒に最初の最初に
この症状を病院の受付の人に見せたとき
聞かれていたんですよ。

「漆に触りませんでしたか?」

「山に行きませんでしたか?」ってね。

だけど、それに対する、私の連想がまずかった!!!
とにかくまずかったんです。

「漆」=漆器に使う、漆の樹液を取る木

「山に行く」=登山する=ハイキングに行く

だったんですから。

私は、漆の木なんて見たこともないし
どんな木かも知らない・・・・
だから、私は漆になんて触ってない・・・・・

私は、山にハイキングになんて行ってない。

私がやっていたのは、

我が家の「庭で」

ただ、ただ、
鳥の巣箱を取り付けていただけなんですからね。

その庭がある、我が家が、
軽井沢の山の中にあるなんて
全然、全く、ちーーっとも、
考えていなかったんですの・・・・・・・・・・・

げに恐ろしきは、思いこみ・・・・・

そして妄想・・・・・・・・・・・・・・・・

「思いこみという、ねじ曲がった

ふかーーい、ふかーーい川を渡って

安直と、妄想のたちこめる森を抜け出たら

そこには、「誤診」と言う、とんでもない泥沼が

口を大きく開けて待っていた」

と言うのが、今回のとんでもない騒動の結末。

軽井沢の病院の先生方
どうぞ、東京からやってくる
無知な都会人にご注意を!!

問診するときには、

「漆に触りませんでしたか?」と聞いてはダメです。
「漆や、ツタ漆に触りませんでしたか?」と
お聞き下さい。

「山に行きませんでしたか?」と聞いてはダメです。
「山のような所にお住みではないですか?」と
お聞き下さい。

そうでないと・・・・・・・・

飛んでもなーーい、恐ろしい誤診に
つながりますよーーーーー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まあ、これで、この馬鹿みたいな出来事の
話は終わりであります。

えーっと

娘の病気のことや、私のことを心配して
下さっている方に、その後のことを
ご報告しますと

娘は、29日の日に退院しまして
今は、すっかり元気でお稽古ごとや
エアロビに出かけております。

私の方は・・・・・・・
まあ、ちょっと、かぶれがひどくなっちゃって
ますので、簡単には治らないらしい。

娘が退院した翌々日
8月31日の早朝私たちは東京へ帰りました。
浅間病院の皮膚科の先生から東京の
皮膚科の先生への紹介状を持って。

現在、その先生の元
副腎皮質ホルモンをしっかり飲んで
治療中です。
このホルモン剤、特効薬だそうで
すっかり腫れは引き、
痒みも全くなくなりました。

(ただ、この薬、劇薬みたいですよ。
何でも、医師の指示通り飲まないと、
命に関わるそうで)

ながーーい、ながーーい、何ともばかばかしい
出来事の顛末を
最後までお読み下さった方
本当にありがとうございました。

最後に、

東京へ帰ったとき
ふうちゃんが、私に最初に言った言葉を書いて、
終わりとさせていただきます。

「そうだよなあ・・・・・・・・・
おかしいと、おもったんだよーーーーーー

この暑い猛暑の東京で、
せっせと仕事をしている俺が
体力や、抵抗力がなくなるっていうなら
わかるけどさ・・・・・・・・

涼しい軽井沢で、のんびり遊んでいる
お前の抵抗力がなくなる
わけがないんだよなあ・・・」

まあね、確かに、言われてみれば
そうなんだけどね・・・・・

だけどね・・・・・

だけどね・・・・・

だけど・・・・・・・

大体ね、ふうちゃんが風邪を
娘に移さなきゃ、こんなことには
ならなかったんだからね。

それにね、鳥の巣箱だってね
高いところが苦手なんて
言ってないで、
ふうちゃんが付けてくれてれば
こんなことにならなかったわよ。

原因の大元は
ふうちゃんなんだから

そこんところ、ちゃんと分かって貰いたいわよ・・・フン!!

結局、私って、最後はやっぱり
フンのピーコだったのでした。

お粗末!!

2つの出来事・・・その10

ふうちゃんと、母が東京に帰ってしまって、
私と娘は、入院・・・・なんてことになると、
トラ(猫)は、家に一匹だけ
取り残されちゃうのです。

そのことに、
私は突然気が付いたんです。

そうなると、
食いしん坊のトラは、
食事をくれる人がいなくなってしまう。
その結果、トラ日干し・・・・・
ってわけ・・・・・・・・なのよ・・・・

やせ細った、トラの顔が
頭の隅っこに浮かびました・・・・・・

イヤ・・・まあ、本当のところは
浮かばなかったんですけどね・・・・
ハハハ
だって、何しろトラは、一日3食の大食漢
5キロを過ぎた太め猫なんですから。
やせ細った姿なんて、およそ
考えつかないんですの。
しかしながら、ここのところは、まあ
話の都合上、浮かんだことにして
おこうじゃありませんか。

(実際の所頭に浮かんだのは
お腹をすかせて、ニャゴニャゴ鳴いている、
哀れな、トラの姿と、
例の、ゴミ箱をひっくり返して
ゴミあさりをしている姿だった。)

とにかく、この考えは、しっかり私の
思考にとりついて、
離れなくなってしまったんです。

そこで、私は家に帰るとすぐに
ふうちゃんに相談しました。

「私の病気、全然よくなってないよ。
この調子だと、ひょっとしたら、私も
入院なんてこともあるかもしれない・・・・

そうしたら、
ふうちゃんも、お母さんも帰っちゃって
トラだけ残っちゃう・・・・・・
トラが日干しになっちゃうよ、ねえ、
どうしよう・・・・・・」ってね。

要するにですよ、
私が、勝手に想像したいわば、
妄想みたいなお話なんです。
よーく考えてみれば
まともに取り合わなくてもいい、
話かもしれなかったんですが、
ふうちゃんは、即座にこういったのです。

「うーん、そうか・・・・
分かった、いいよ、俺がトラも一緒に
東京につれて帰ってやるよ。」

こういうときのふうちゃんって、
本当に驚きますね。
全く、即断即決なんですから。

どうやるのかという、方法だとか
それをやったら、困ることはないかとか
全く考えていないんだろうと思います。

とにかく、決めちゃう!
よーし、こっちの方だ!いけーーーー!!

猪突猛進と言えばいいのか
浅慮断行と言えばいいのか
とにかく、さっさと決めて、どんどん進んで言っちゃうの。

結婚当初の頃は、このふうちゃんの思考回路に
私はついていけなくて、何度喧嘩したことか。
特に、ものを買うときに
しょっちゅうもめていました。

「ちょっと待ってよ、
もう少し見て買おうよ」

「さっさと決めろ、時間の無駄だ」
ってな具合で・・・・・

あらららら・・・・・

どうも、ダメですね・・・

また話が脱線しちゃったわ。

ふうちゃんの性格なんて、
この際どうでもよかったんだわね。

えーっとなんだったっけ

そうそう、トラを連れて帰ってくれる話ね。

と言うわけで、
さっさと決めた、ふうちゃんは
今度は、トラを連れて帰る方法を考えるために
軽井沢駅へ電話をしに行ったのだった。

何でも、
猫って、電車に乗せるときは
手荷物扱いなんですって。
それで、駅の人の話によると、
ケージに入れて、人様の邪魔にならないようにすれば
270円で、東京まで新幹線に乗せることが
出来るんだそうです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その夜、
トラは、軽井沢に来るときにいただいた
睡眠薬(酔い止めの薬)を飲まされて
大嫌いなケージに入れられ
ふうちゃんの手に持たれて
母と一緒に、東京に帰っていきました。

母とふうちゃん、そしてトラを
軽井沢の駅まで車で送りながら

「今度こそ、本当にひとりぼっちに
なっちゃうんだなあーーーー」と
ぼんやり考えておりました。

(すいません、私、なにせ、甘えん坊でして
凄い寂しがり屋なんですの)

家に帰り着けば
もうだーーれもいない。
ただでさえ、静かな家の中は
それこそ、漫画のシーーンという
音が聞こえそうな、
そんな、夜でした。

こうして8月27日月曜日の
静かな、静かな夜は更けていったのでした。

ちょっと休憩
その11に続く

いよいよ、さいごですーーーー

2つの出来事・・・その9

ふうちゃんが やってきてくれたお陰で
娘のことも、母のことも心配がなくなった私は
いよいよ自分のことだけが
残りました。

「早く治さなくちゃ・・・・
休養しなくちゃいけないなあ・・・」

私って、結構神経質な質で
よく不眠症に陥ることがあるんです。
なんだかよく分からないけど、眠れない・・・
と言うことがよく起こるんですね。

それで、
その時のために、
お医者さんから、「睡眠導入剤」という
お薬を貰っていたのです。

まあ、要するに睡眠薬ですから、
なるべく使わないように
気を付けているんですが
このときばかりは、
使わなくちゃと、思いました。

ここ数日、よく眠っていなかったからです。

最初は娘の咳につきあって、眠れず、
次には、入院した娘が気になって眠れず、
そして、最後は自分の痒みとの戦いで
ゆっくり眠れなかったのでした。

・・・・・・・・・・

その晩は
久しぶりに、睡眠薬を飲んで
ゆっくり眠りました・・・・・・

久しぶりに眠れたんですが・・・・

朝のまどろみの中で
自分手が体中を掻いていることに
ぼんやりと気が付きました。

眠りながら、
体中を掻いていたようなんです・・・・・

とにかく痒かった・・・・
ひたすら痒かった・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・
目がだんだんと覚めてきて・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・

最初に目に入ったのは・・・・・・

真っ赤になっていた
体だった・・・・・・・・・

お腹、太股、足、手・・・・・

体中が痒くて、痒くて・・・・

おまけに真っ赤!!!

イヤ、全部真っ赤と言う訳じゃなかった

縞模様なの・・・・赤い線が入った
網目模様なんです!!!

うそーーーーー!!!!

全然治ってないじゃないの!!!

休んだのに、ちゃんと眠ったのに・・・・

ダメだ!!

病気進んじゃったんだ!!!

どうしよう・・・・・・・

どうしよう・・・・・・・

このまま治らなかったら、どうしよう・・・・・・

もう、小さな不安じゃありませんでした。
どんどん、広がっていく、大きな不安でした。

人間って不思議ですよね。

病気の時、ちょっとでもよくなっていると
安心して、大丈夫って、思う。
だけど、反対に、ちょっとでも、悪くなってると
もう治らないんじゃないかと、思っちゃう。

冷静に考えれば、
そんなことは、あんまり起こらないはずのことも
こういう時って、起こりそうな気がしちゃうのです。

とにかく、
朝起きたとき
私の気分はそんな感じだった。

そうなると、
耳をかすめるのは、
よくない予感です。

「そういえば・・・・・
確か・・・・以前・・・帯状疱疹にかかったとき
先生がおっしゃってた・・・・・・

『この病気は、ひどくなると入院ってことも
よくありますよ』

えーーーーーーーーっ!!!

もしかして・・・・・

もしかして・・・・・

もしかして・・・私も入院?

うそーーーー!!!

娘だけでさえ、とんでもない事件だったのに
私までなんて、そんなことあったらどうしよう・・・・

もう、このとき、私の頭は
冷静に考えてらいられなかったんだと
思います。

どんどん、悪い方へ、悪い方へと
考えが進んで行っちゃって
止められなくなっていたのです。

・・・・・・・・・・・・

母とふうちゃんに、訳を話すと
とにかく、もう一度お医者さんに
行かなくてはダメだという
結論に達しました。

その朝、朝食もそこそこに
とにかく、私は出かけていきました。

最初に娘と一緒に行った
軽井沢のお医者さんへ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず最初に娘のその後の経過を
報告して、お礼を述べました。

早い対応のお陰で
急速に元気になっていることを
お知らせしたのです。
先生は、よかったですねと、
嬉しそうにおっしゃってくださいました。

それで・・・・・・

・・・・・・・見せたんです。

どんどん広がっていく、
私の右手や、顔などをね。

すると・・・・・・・

暫く考えていた先生・・・・・・

「これはもう、専門家に見せなくちゃダメですね。
えーっと、お嬢さんは、浅間総合病院に入院
されているんですよね」

「はい、そうです」

「あそこには、皮膚科があります
こちらから紹介状を書きますので、
すぐにいらっしゃって、見て貰ってください」

そうなんですよーーーーーー

実は、この先生
内科の先生だった。
だって、
風邪で娘がかかった先生なんですものね。

と言うわけで、
今度は、私も浅間総合病院に
行くことになってしまったのでした。

まあ、いいわよね、
だって、どうせ、午後には
娘の様子を見に、ふうちゃんと行く予定
だったんだから。
それがちょっと、早まったってだけ
それだけのことよ。

と、私は納得したのでした。

それで・・・・・

先生が書いてくださるという
紹介状待って
待合室に座っていると・・・・・

またしても、診察室から先生が
私の所に駆け寄ってこられたのです。

「すいません、
実は・・・・・浅間総合病院なんですが、
皮膚科はあるんですが、今日は診察の
日じゃないんです」

「診察の日じゃない?」

「月曜日には、皮膚科の診察がないんです
それで、明日にはありますので
それまで待っていただけないでしょうか?」

明日まで・・・・・・・・・・・
そんなーーーーーーー

だって、どんどん広がっちゃってるんですよ。
私の病気!
明日まで待ってたら、
もっと広がっちゃうじゃない!!

そんなの有りなの?

って、叫びたかった。

もう、本当に、地方って、
医療が大変なんだなあと、
改めて、本当に改めて認識した次第です。

でも、とにかく、

そういわれては、私はもう何も言えないですよね。

それでも、一応抵抗したんです。

「あのーーーー
どんどん広がっちゃってるんですけどーーーー
大丈夫なんでしょうか?」ってね。

そうしたら、暫く考えていた先生が
おっしゃった。

「分かりました。
今までのお薬を2倍出します。
それを飲んで、様子を見てください。
明日一番・・・10時に予約を入れますので
それをもって、いらっしゃってください。
地域連携で、すぐに皮膚科に
見てもらえるようにしますので」

本当は、もう少し粘るべきだったの
かもしれません、
ちゃんと、その日に皮膚科に行くべき
だったのかも・・・・・

でも、もう、しようがないと、
その時は、思ってしまった。
後一日、待ってみよう、
薬も倍になることだし、
治るよ、きっと・・と思ってしまった。
イヤ、思いたかっただけなのかも
しれません。

とにかく、
私は、2倍の薬と、明日のための
紹介状を持って、その医院を後にしたのだった。

それで、

まあ、当然飲みましたよ。

2倍の薬をね。

1日2回1錠ずつ飲んでいた薬が
1日2回2錠ずつになりました。

今度こそ、少しは減るはずだ!
少しは、痒みが治るはずだ!

と思いますよね、当然・・・・・・・・・

だけどね、
これがそうじゃなかった。

ちーーーーっとも、よくならないのよ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

午後になって、
ふうちゃんを連れて、娘の病院に
見舞いに行くと、
元気になった娘は、
ベットの上でニッコリ笑って

「昨日の夜は、ほとんど咳がでなかったんだよ」と

嬉しそうに話してくれました。

着実によくなっている娘を見て
ふうちゃんは、ほっとしたのでしょう、
東京から急にやってきた疲れがでたらしく
娘のベットのそばで居眠りをしている始末。

「ちょっとは、娘に声を掛けたら?」

と言う、私の言葉にも

「うん、うん、」

といいながら、眠っているのでした。

もう、娘は完全に大丈夫だ。
後は、私だけ・・・・・・

本当に治るんだろうか?

娘のベットのそばで
楽しげな娘のおしゃべりを聞きながら
心の底では、益々不安になっていた私です。

またしても
想い出す、前回の先生の言葉・・・・

もしかして、
私も入院なのかなあ・・・・・・????

私入院したら、娘と一緒に
ここのこの部屋に入れないかなあ・・・・・・???

頭の中は、もうすっかり
入院バージョン!!!

笑わないでくださいよ・・・・

勝手に想像ばっかりしてって言わないでください。
人間って、そうなんじゃないんですか?

悪い時って、どんどん悪い方へ
考えちゃわないですか?

まさに、あのときの私がそれだったんです。

入院・・・・・
みんな入院だなあ・・・私も娘も

ふうちゃんと、母は帰っちゃう・・・・・・

残っちゃうなあ・・・・・・・私たちだけ・・・・・

と・・・どんどん想像していたら・・・・・・・

気が付いた!!!!

もう一人いた!!!

我が家通の方は、分かりますよね!!

それが誰かって・・・・・・

一人じゃない、一匹だったけど・・・・・・

トラですよ!!!

トラがいた!!

大変だぁーーーーーーーー

私も、娘も入院してしまって
母も、ふうちゃんも帰っちゃう。
後に残るトラはどうしよう?

トラが日干しになるーーーーーーーー

続きは明日。

いよいよ、最後の大円壇です。

2つの出来事・・・その8

「勝手に帰れば!」と言ったって、
落ち着いて考えてみれば
そんなことが出来ないのは、
たぶん母も分かっていたのだと思います。

だって、
最近の母は、つい5分ほどの
スーパーに買い物に行って、
帰ってくるのが、やっとの生活なんですから。

軽井沢と東京の道のりは
とっても一人で行かせられるもの
ではありません。

だけど、そこはなにせ、
大正生まれの負けず嫌いな母です。
やると言ったら、本当に帰っちゃう
かもしれない。
こりゃ、まずいこと言っちゃったなあと、
内心、困り果てていた・・・・・

丁度そんな時・・・・・
正確には、26日の夜10過ぎに
突然、ふうちゃん(夫)がやってきたのだった。

メールやら、電話やらで
その後の娘の様子を、ちゃんと報告しては
いたんです。
順調に、回復して、元気を取り戻しているから
心配ないということね。

だけど、そこは、それ、
やっぱり 父親としては、自分の目で
娘の元気な姿を見たかったのでしょう。

「職場に無理を言って、
月曜日(27日)の休暇を貰ったから
様子を見に来たよ」と言って、
突然現れたのだった。

ふうちゃんの、姿を見たとき
正直言って、やっぱり、嬉しかったです。

ここによくお越しの皆様には
分かってもらえると思うんですが、
私って、とにかく、
物事を決めるのが苦手なんですね。

右か左か、どっちにする?と
判断を迫られるのがとにかくイヤ。
物事の、決断が出来ない
優柔不断な性格なんです。

でまあ、結婚以来、ずっとその方面は
ほとんど、ふうちゃん任せなの。

でもね、うまくできたもので、
ふうちゃんは、とにかく何でも自分で
決めたがる、仕切やさんなんです。

(まあ、この相性の良さで、30年以上も
なんとか、波風建てずに
やってこられたのかもしれないなあ・・・)

ですから、今度のように、娘が突然入院、
なんてことになると、
私一人だと、どうしても、不安になっちゃうんです。

そこへの、ふうちゃんの突然の登場です!

「ああ、よかった、これで困ったことが起きたら
どうすればいいか、決めてくれる人がやってきた」と
まあ、そんな感じで、嬉しかったんだと思います。

で・・・・・
まあ、まずは娘のよくなっている
状態を話して聞かせました。
「命に関わる」なんて言ってたけど、
もう大丈夫、
先生が、4,5日の入院と、
おっしゃったことなどをね。

そして、その・・・話のついで
と言う訳じゃないけど、
母のことも話したんです。

「東京へ帰る、と言ってる」って。

すると、ちょっと考えていた
ふうちゃんが、
頷きながら、こう言った・・・・

「分かった・・・・
明日僕が帰るときに、一緒に東京へ
連れて帰ってあげるよ」

その言葉を聞いたとき
本当のところ、ほっとしました。

確かに母は年の割には、
とってもしっかりしているんです。
何でも自分でやっちゃうし、
一応、生活全般人の助けがあんまり
なくても生活できる人です。

だけど、何せここは軽井沢。
母のテリトリーの場所じゃない。
母の家は、東京で、ここは私たちのお家。

住み慣れていないところで
娘が入院して、私も見に行かなくちゃ
なりません。
どうしても、母を一人にさせちゃう
そんな場面が多くなって
しまうのではないかと、心配だったからです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

えーっとね、

ふうちゃんって、
普段、家庭人としては全く無能者なの。
家のことはなーーんにもしない
粗大ゴミ亭主なんです。

へ?・・・・・・
そんなことはないって?

「この夏、ちゃんと、一人で食べてたぞ!」

「ちゃんと茶碗も洗ってたぞ!」

ですって・・・・

すいません、横でふうちゃんが
五月蠅く騒いでます・・・・・

はい、はい・・・確かに
珍しく今年の夏は、茶碗洗ってたねえ・・・
分かってますって・・・・

とにかく、ちょっと黙っててよ!!
これから、ちゃんとふうちゃんのこと
スーパースター並に書いてあげるから
静かに見ててよ!!

なんだったっけ・・・・
あ・・・そうそう・・・・

ふうちゃんは家庭人としては
無能者だって話だったわ。

だって、本当のことでしょ。
家中散らかし放しだって平気だし、
自分のものが何処にあるのかも
さっぱり分かってないじゃない。

ああ・・・・まずい・・・・
話がどんどん違う方向へ行っちゃう・・・・

そう、なのよ、
その次があるの・・・・
次がね・・・・

だけど・・・・・・・・・・・・・・・・・・

だけど・・・・・

だけど・・・・・があるのよ。

だけど、そんないい加減なふうちゃんだけど
私が、本当に困っているときに
そっと、さしのべてくれる、ちょっとした
そうなの、本当にちょっとした、この優しい手が
あるから、私は、ふうちゃんのいい加減な
性格も許せちゃうんだと、
いつも思うのです。

娘が産まれたときもそうだった。
私が、育児放棄しそうなときもそうだった。
今までのいろいろな、私の困った場面が
ちょっと頭をよぎりました。

世の中の、ご主人様方
普段はいいのです。
亭主関白でもね。

だけど、奥様が本当に困っているときに
ちょっと、ほんのちょっとだけでいいから
手を貸してあげてご覧なさいませ。

きっと、
きっと、奥様は

「ああ、私はいい人と一緒になった」と
思われるに違いないんですから。

あららら・・・どうも話がどんどん
おかしな方向へ行っちゃったなあ。

でまあ、話を戻しまして・・・・

「僕が一緒に連れて帰ってあげる」と言った
ふうちゃんは、
早速、インターネットで明日の
新幹線の切符を予約しに行ったのだった。

予約が取れて、話が決まったとき

明日になったら、
ふうちゃんも、母も帰っちゃうんだ・・・と

なんだか、すごく、寂しい気がしたのを
覚えております。

2度目のインターミッションです。
その9へ続く

2つの出来事・・・その7

さて、
どうやら、心配だった娘の様態も
お医者様に任せたら、
一安心・・・というわけで
次に心に引っかかるのは・・・・・・・

そう・・・・・もう一つの懸案事項・・・・

自分の体のことだった。

そういやあ、お医者様に宣告されたんだった・・・・
帯状疱疹・・だったよねえ。

「安静に休養だったなあ・・・」と
先生の言葉を想い出したんですが、
そんなこと言ったってね、
無理というものよね。
何せ、娘が入院だものね。

一日中車で走り回り、
帰ってくれば、お友達のことやら
母のこと、猫のこと・・・
休んでいることなんて出来るわけがないじゃん。

その夜、全部が終わって
シャワーを浴びながら
(私だけ温泉禁止だったの・・・ガッカリ)
しみじみ自分の体を見てみれば・・・・

あれ?れ?・・・・・
薬飲んだよね。ちゃんと貰った薬
飲んだのに・・・・・

見れば、右半身に集中していた
発疹と、腫れは、左半身にも
しっかり出始めていた。

左手の平の下に、ちょこっと見えていた
赤い発疹は、もうすっかり膨れて
大きな赤い模様になっているではありませんか。

この薬、効いてない・・・・・

・・・・・・・・・・・

薬局の人だって、よく効く薬だっていってたのに・・・

心の隅っこの方に、ちょこっと、そう
ほんのちょこっとだけ、不安の芽が芽生えてきたのは
たぶん、このときだったと思います。

「まあ、今日一日しか、まだ飲んでないものね、薬。
明日になれば、もうちょっとよくなるわよね」

と、自分に言い聞かせてみたのは
ちっともかゆみが止まらないせいか、
あるいは、どんどん広がっていく発疹のせいか
自分でもよく分かりませんでした。

明けて、翌日は26日の日曜日、

お友達が帰った後、
母と二人、病院に娘の様子を見に行けば
娘は、すっかり元気を取り戻し

「もう、ひどい咳はでなくなったよ」と
嬉しそうに話してくれました。

早い対応がよかったんだ・・・と
病院に感謝して、帰途についたのですが
この頃から、私の体は、
また一つの変化を見せ始めていました。

発疹が顔にもでてきたのです・・・・・

最初は、左の口元
そして、次は、右の頬
おでこ・・・・目の上・・・・・
どんどん、広がっていく発疹・・・・

夕方の頃には、頭の中にも
赤い膨れが見え始めておりました。

どうして、薬効かないんだろう?

ちゃんと飲んでるのに?

またしても持ち上がる、小さい不安・・・・

ひょっとして、ひどくなってるんじゃないかしら?

ちょっと、無理しすぎたかなあ?

休まなくちゃダメよね・・・・

などと、悶々と考えていた26日の夜
母が急に東京に帰ると言い出したのでした。

きっかけは、些細な親子げんか・・・・

今考えても、あほらしい、本当につまらない
喧嘩が発端だったとおもいます。
確か、ラジオの付け方が分からない、とか、
まあそんな、話すのもばからしい事件だったと思う。

だけど、いつの間にか
話がどんどん、大きくなって
たどり着いたのは、
「自分が役立たずだから帰る!」という
結論だったように思う。

母は86才
少々物忘れがひどくなっていますが、
とっても元気・・・・・
ただ、足腰が悪くて、歩くのがちょっと
大変なんですが、年の割には本当に
しっかりしている人です。

ただ、働き者の母としては、
自分がだんだん人様のお役に立たなく
なっている・・・・というか
お荷物になってきていると言うことが、
自分で許せない、そんな人間なんですね。

よく言えば自立心旺盛
悪く言えば、プライドが高すぎる・・・・
(ごめんなさい・・・ちょっと言い過ぎかな?)
そんな人なんです。

ですから、今回の件でも
自分が孫の役に立っていないと言うことが
とってもつらかったらしい・・・・・

してやりたくても、足腰が悪く
面倒を見に行けないというのが
自分できっと、悲しかったんだろうと思います。

とにかく、急に、

「私帰るわ・・・」といいだした。

「ここにいても、邪魔なだけで
役に立たないから・・・」と。

普段ならね、私も余裕があるので
ちゃんと、なだめられたと思うんです。

母がいてくれなくちゃ、寂しいし
猫だって悲しがるんですからね。

だけど、このときばかりは
私の方に余裕がなかった・・・・・

娘の入院、自分体の不調・・・・
押し寄せてくる不安・・などなど

ゆっくり、考えてみれば
分かったはずなんですけどね、母の悲しさを。
だけど、ダメだったんです。このときは・・・・

つい、売り言葉に買い言葉

「もう、知らないわよ、勝手に帰れば!」

全くねえ・・・人間って
本当にしょうがない生き物だと思いますね。
ちょっと休憩
続きは、その8へ

2つの出来事・・・その6

私が着いたというので
娘は耳鼻咽喉科の診察室に
案内されました。

その部屋には、
何か大きな機械がおいてあって
どうやら、娘の喉の写真が
撮れるようなのです。

先生が娘の口を開けさせながら
何枚かの喉の写真を撮っておられました。

そして、その写真をおもむろに見ながら

「うーん、喉の前じゃなくてよかったね、
前だと、呼吸できなくなってたよ。
喉の後ろの方に、炎症が起きてますね。
この炎症を治さないと・・・・・
抗生物質を点滴すれば、
・・・・・・・・・・・・
そうだなあ、4,5日で治って退院できると
思います。」

4,5日・・・・・・・

あああ・・・・・・よかった・・・・・

全く、もう、命に関わるなんてびっくりさせちゃって・・・・

本当に、どうなるかと思っちゃったわよ。

とにかく、田舎のあぜ道を慌てて、
それこそ、慌てて飛んできてみれば
なんのことはない、4,5日の入院で治るというお話。
なんだか、ふくらんでいた風船が、急にしぼんじゃった
そんな感じの、先生のお話だった。

でもまあ、悪い話じゃくて、
いいお話だったんですから、
喜ばなくちゃえけませんよねえ・・・本当に。

それにしてもね、
後から思うんです。

その時は、とにかく嬉しくて、
そんなことは全く思ってないんですけど、
今にして思えば、最初に行った病院が
東京のいつも娘が通っている病院だったら、
こんなにお話は大きくなってなかっただろうなあって。

娘のいつもの状態をよく知っているし、
まあ、周りには、慌てなくても行ける
大きな病院がたくさんあるわけですから。

でも、ここ、軽井沢では、
この病院は娘は初めての診察。
おまけに、私がちょこっと、生まれたときの
病歴を話したものだから、
よく言えば、大事をとって、大病院に搬送した方が
いいと思われた・・・
ちょっと勘ぐれば・・・・
まあ、その、びびっちゃったのよね・・・
何かあったら大変って・・・・・

もちろん、そのお陰で娘は
その後急速に元気になっていくわけで
その処置が、とってもありがたかったことは
間違いありませんし、
私としては、とっても感謝しているんです。

さて、話を戻して・・・・

いざ入院となると、手続きやら
必要なものを取ってこなくちゃなりません。

6階の病室に案内されて、
まず思ったのは、
さて・・・・ここからどうやって、家に帰ろうか・・・
ということでした。

だって、私、とんでもない方向音痴だもんね!

我が家はどっちなんだろう?

で・・・・
・・・・・ちよっと・・・・窓の外をのぞいてみたんです。

そうしたら、遙か向こうには山が見えた。

たぶん、八ヶ岳連邦かなあ・・・
地理感覚がないので、違うかもしれないけど。

で・・・・だんだん、目を近くに戻してみたら

何が見えたと思う?

・・・・・・・・・・・・・・・・!!!

ジャスコの看板だった!!!

あれ・・・・れ・・・・・れ・・・・

あれって?見たことあるんじゃない?

それから目をそばに寄せると見えたのが

シューマートの看板!!!!

あれも見たことある!!!

で・・左に目を転じたら・・・・・

ヤマダ電気があるじゃないのよ・・・・・

へ?ここって佐久なの?

そこで、慌てて右の方を見たら・・・・・

なんと、なんと、そこにあったのは・・・・

私の大好きなお店・・・・そうなの、
佐久のカインズホーム!!!

なんなのよーーーーー

ここって、佐久じゃない、いつも行ってる
佐久じゃないの。
この病院、カインズホームの裏にあるんじゃない・・・・

頭の中が、もうドロドロだった。

なんなの、あの1時間は!!

どうして、佐久のカインズホームの裏の病院って
教えてくれる人が、一人もいなかったのよ!!
それって、あんまりじゃないの・・・・・

「すいません、あそこに見えるのって
佐久のジャスコですよね?」と、

それでも、納得できない感じだった私は
確認のために、そばにいた看護士さんに
聞いたものです。

「そうですよ、佐久のジャスコです」

「あのーーあそこにいくのはどうやって?・・・」

「駐車場の道をまっすぐ行けば、ジャスコへの
大通りにでますよ」

へーーーーーーーーーーーーーー!!!!

なんと、さっき私が走ってきた道は、
いつも走っていた道だった・・・
ジャスコへ行くとき、カインズホームへ行くとき
走っていた道だったんです・・・・

もう、なんと言っていいやら、
我ながら、あきれて、言葉もでてきませんでした。

しかしながら、
まあ、これで、とにかく家への道は
確保できたわけです。
ちゃんと家へは、帰れるんですよ・・・
ありがたいことにね。

安心が二つ重なって、
なんだか気が抜けちゃった気がしました。

それから、
ひとりぽっちになっちゃうのを悲しむ娘に
「もう一度来るから」と
なだめて、やっと家路についたのは
かれこれ、午後の2時半を回っていたと
思います。

家に帰ると、
お友達と母が、飛んできました。

「桃ちゃん大丈夫?」

2人のお友達がとっても心配してくれていたようです。

3人に、これまでの経過を話し
娘が入院することを報告すると
2人のお友達は、びっくりして
しばらくは、言葉もないようでした。

ま、そりゃそうかもしれません。
何しろ、今日は一緒に買い物に行って、
今夜はバーベキューをする予定だったんですから。

暫く考えていたようだった2人は
急に、私に言い出した。

「桃ちゃん大変なようだし、
私たち、これ以上お世話になるのは
申し訳ないので、軽井沢の町に宿を取ります」
と。

お友達は、今日もう一日我が家にとまってもらう
予定だったのです。

でもね、私たちとしては
もちろんそんなことは出来ません。
主人公の娘はいないけど、
ちゃんと、予定通り我が家で過ごして
貰わなくちゃ、娘だって
申し訳ないと思うでしょうから。

それで、
母と相談して、
これからもう一度病院に行くので
一緒に行って、見舞って欲しい、
その代わり、今夜は
別荘地内のレストランで夕食を食べ
温泉に入って、明日予定通り
帰って欲しいとお願いしました。

ずいぶん、悩んでいた二人も
何とか納得してくれ
それからまた、私は2人と母を連れて
病院にとって返しました。

娘もお友達の顔を見て
ほっとしたらしく、嬉しそうに
笑って迎えてくれました。

見舞いを終え、家に帰り着けば
すでに時間は午後6時近く。
レストランの夕食の予約時間になっておりました。
その夜の夕食はなんとも、不思議だった。
なにせ、接待役の娘が不在の
おかしな、おかしな、ディナーだったのですから。

こうして、8月25日土曜日の、暑い、暑い
そして、長かった軽井沢の一日は
ようやく終わりました。

これで話は終わったと思うでしょ?

いえ、いえ、とんでもありません・・・・

これから、この出来事は
益々おかしな方向へ進んでいくのです。

というわけで、今日の所はおしまい。
明日へ続く。

2つの出来事・・・その5

なんだか話は、嘘っぽくなってきていると
思われるかもしれませんが、
そんなことはありません。

あの日、
本当に私は、田圃のあぜ道を
ドンドン走っていましたし、
何処へ続くやらさっぱり分からない場所を
ひたすら、おんぼろ車に乗って
病院を探しておりました。
そうなんです・・・我が家の車はなにせ
おんぼろ・・・車検を何度も更新した
古い型の日産マーチなんです。

この話を読んでいらっしゃる方には
こんなあほらしいことは
絶対に起こらないでしょうね。

みなさんの最新の車には
たぶん、カーナビなんていう
素敵な機能が
きっと付いているのでしょうから。

しかしながら、我が家のぼろ車には
そんな格好いい機能はもちろん
付いておりません。

カーナビどころか、
じつは、私の車には軽井沢の地図さえ
ろくにおいてないんです・・・・
ハハハ
(笑い事じゃないなあ・・・・
まずいですよねえ・・・・)

でも、なにせ、知らない道を走る
なんてことは、ほとんどないんですよ。
私の車はね。
知った道しか走らない・・・
限定車なんですから。

でまあ、話を進めまして、

とにかく、大きな道にでたので
その道をひたすら走っておりました。

どこか、道を教えてくれる
場所はないだろうかと、探しながら。

すると、前方左側に見えてきたのが
ドコモショップでした。

もう、こうなりゃ、ドコでもいい!!
(すいません、下手なしゃれで・・・)
たぶん、人がいて、道を教えてくれるなら
どんなところでも飛び込んでいたでしょう。

炎天下汗を拭き拭き
車を降りる頃には、
私の気分は最悪だった。

「なによ、あの救急隊員め!
ちょっとぐらい、後ろから付いていったって
いいじゃないの、本当に不親切なんだから
法律がなんだって言うのよ!」

と、心の中で毒づいて、

「呪ってやるー!」と
密かに・・密かにですよ、声に出しては
言えませんでした、もちろん・・・
叫んでいたのでした。

今思えばなんともはや、
とんでもない逆恨みです。
自分の方向音痴も、アホさ加減も忘れ果て
責任転嫁もいいところで
娘を運んでくれた、救急車に
怒りをぶつけていたんですから。

しかしながら、この世は捨てたものじゃありません。
捨てる神ありゃ、救う神あり、
まさに、このドコモショップが
私の救いの神様になったのでした。

髪を振り乱して、飛び込んできた
変なおばさんに、
ドコモショップのお姉さんは
仕事の手を休めて、
とても親切に道を教えてくれました。

「この道をまっすぐ行って
2つ目の交差点を左に曲がると
大きな道にでます、
その道を、ずっと進んで・・・・・
えーっと、そう、確か中華そばだったわ
「中華そば」って言う看板のある・・・・・
えーっと、確か、こうらくえん・・だったかなあ
そんな名前のお店だったわ。その
交差点を左に曲がると、浅間総合病院ですよ」

「中華そば」・・・

この言葉が、私のキーポイントだったんです。
これがしっかり、頭の中にインプットされた!!

本当に、本当にドコモのお姉さんには
感謝の言葉もありません。

私は、ひたすら、中華そばの看板を
左側に探しながら、とにかく走っていきました。

そうしたら・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ありました!!

「中華そば」・・・よくよく見れば
お店の上に、こうらくえん、と書いてあります。

ああ!!ここだ!!
これを曲がれば、病院に着く・・・・

そして、その角を曲がって、
前方に見えてきたのは
長方形の看板だった!!

「浅間総合病院駐車場→」

もう、ホント・・・この看板には
後光が差してましたね。
やっと・・・やっと着いたのですから・・・・・

病院に飛び込み、

「先ほど救急車で運ばれた
○○ですけど・・・娘は何処にいるでしょうか」

と、案内所できいて、
連れて行って貰った、救急室の
ドアを開ければ、
そこには、ストレッチャーに乗せられた
娘がいたのでした。

後で聞けば、
娘は、15分ほどでこの病院に
着いていたそうです。
そして、私が着いたのは、なんと
娘が着いてから1時間半以上も
たってからのことでした。

結局私は、救急車の4倍、一時間以上も
この辺りを、ウロウロ、走り回っていた
ということになったようです。

全く、とんでもない
方向音痴だと、我ながら情けない限りです。

さて、
部屋に入ってた私を見るなり
娘は、目に大粒の涙を浮かべて、一言

「お母さん・・・入院だって・・・」

入院・・・・・

まあね、もう、そのころには
ほとんど覚悟はしていましたよ。

点滴、救急車、とくれば次には次にやってくるのは
入院ぐらいなもんでしょうから。

だけど、家には、娘を待ってる2人の
お友達がいるんです・・・
接待役の娘がいなくなっちゃって
どうすりゃいいのよ・・・・・本当に
間が悪い時って、あるなあと、思わず
思わずため息がでたのでした。

娘の方は、もうそのころには
しっかり泣き顔でして
ボロボロ涙が出るばかり・・・・

全く、娘の泣き顔を見るとつい、
つい梅干しを想い出しちゃうのです。

だって、小さい顔が皺くしゃなんですもの。

「あのねーー
入院がなんだって言うのよ、
大体ね、もうあんたは、大人なのよ、
いい年をして、入院が悲しいって泣くなんて
全く、子供じゃないんだからね!」

と、つい、叱ってしまうのは、
世間体が気になる、母親の性でしょうね、たぶん。

入院して、苦しい咳をなおして貰えば
すぐに退院できるわよ、と
慰めの言葉をかけつつも、どうしても
叱りたくなってしまうんです。

だって、
娘は、もう20才をとっくに過ぎた
成人の女なんですから。

そうなんです・・・・
娘はおとな、しっかり成人

だけど、何せね
見かけはしっかり子供なんです。

こういうとき本当に得だと思いますね。

普段、柄が小さくて困ることは多いんですが
あんまりいいことはないです。
だけど、こういうときは本当に助かっちゃう。

娘の小ささは、ちょっと信じられないでしょう。
単に背が小さいと言うだけじゃないの
体重も少ないし、顔も小さい
顔だけじゃない、手も小さいし指も
何もかも小さくて、とにかく子供なんです。
誰が見ても、小学、5。6年生にしかみえない・・
いや、ひょっとしたら、4.5年生かも・・・・

ですから、
普通に見ているだけだと、
子供なんですね、
従って、親から離れるのが悲しいと
泣いていても、だーれも不思議に思わない。

ハハハ

喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら・・・

とにかく、お陰でそばにいた
看護士のお姉さんが、優しく

「だって、不安になるんですものねえ・・・
ひとりぼっちなんてね・・・・」と
慰めてくれるんです。

この人、たぶん娘の年を分かってないなあ・・・
なんて思いながら、
全くしょうがない娘だと、
思っておりました。

その6へ続く

2つの出来事・・・その4

暫くすると、外に、救急車のウーウーという
音がしてきたのでした。

それから、ドタバタと走り回る
人の音がして、担架のようなベットが
運び込まれて、点滴を付けた
娘が移されていきました。

「お母さんも一緒に乗られますか?」

と、救急隊員に聞かれて、
ハッと、気が付いた・・・・

私も一緒に乗って行っちゃえば、
話は凄く簡単なんだけど、
そうなると、私の車は、この病院の
駐車場です。
私は、浅間病院から帰る手段がないのです。

「あのーーー私、自分の車で
救急車の後を、追いかけますので、出来れば
ゆっくり走ってくださいませんでしょうか?」

(後から考えてみれば、救急車がゆっくり
走るわけがないんですが、このときは
本当に真面目に、私は、こう聞いていたんです
何とも、お恥ずかしいお話です)

「ダメです、救急車の後ろは走れません!
道路交通法で禁止されています。
お母さんは、後から道を聞いて
ゆっくりお越し下さい・・・それじゃ、
同乗者なしで、行きます!」

うそーまさかですよ・・・・
救急車の後はついていけないんですって・・・
そんなのありなの・・・・・

なんて考えている間もなく
救急隊員は、つれなくも、さっさと娘を乗せて
出発していってしまったのでした。

一人残された私・・・・
さあ、浅間病院へ行かなくちゃ・・なんですが
これがねえ、そう簡単にはいかないのよ。
なにせ、とんでもなーーーい方向音痴なんだから私。

とにかく道を聞かなくちゃと、
病院の看護士やら、受付の人をつかまえた。

「浅間総合病院への道を教えてください」

すると、一人の看護士さんが地図を持ち出して

「前の16号をまっすぐ行ってください
すると、ツルヤがありますから、そこをまたまっすぐ
それから、突き当たったら、右へ、それから・・・」

と、どんどん説明してくれるんです。

だけど、そんなに早く言われたって、
さっぱり理解できない・・・
ツルヤ・・・右・・・まっすぐ・・・それから交差点・・
えーっとその次は・・・
もう、頭は真っ白です・・・
何とか、何度も聞き返して、目標物と、右左を
確認したんですが、それでも、
正直言って、これは着きそうもないと
内心思っておりました。

「大丈夫ですよ、分からなかったら
そばの人に、お聞きになればいいんです」

「そうよね、そうよ、私は口があるんだものね
人に聞けば分かるわよね」

なんとも、危なっかしい話なんですが、
それでも、半ば自分を納得させながら
いざ出発となったのは、
自分に出された薬を、薬局で貰った後
娘が出発してから、かれこれ20分ぐらい
たった頃だったと思います。

その日は、軽井沢では珍しい暑ーーい日でして
外は、お日様がギラギラ輝いていました。

それでも、最初の頃はよかったんですよ。
ツルヤも見つけたし、交差点を右もわかった・・・
だけど、その辺りからおかしくなった・・・・
次の目標の交差点がやってこない・・・・

どうやら、何か聞き間違えたか
曲り間違えたか・・・
とにかく目標物がでてこないんですよ。
おかしい、おかしいと、思いつつも
車の方は、どんどん先へ進んで行っちゃう。
車って、こういうとき本当に困る。
途中で勝手にとまれば、周りの車のじゃまだし
かといって、ちょっと進んじゃっても
車ですから、その進み方は、早くて
間違った方向へ行こうものなら、
全くとんちんかんな方向へいく、って
ことにもなりかねない。

そうだ!人に聞くんだったわ

その言葉を想い出したのは、
もう、目標物が見つからなくなってから
だいぶたってからだった。

と・・・まあ、それで、
周りを見回してみたら・・・・
何せ、そこは田舎道・・・・
車は走っているけど、人なんて
人っ子一人みあたらないの・・・・
この炎天下、歩いている人なんて
探すのが無理っていうのも納得の
本当に暑い日だったんです。

えーーー人もいない・・・・

どうすりゃいいのよ、私・・・

さっぱり分からない道を探して
うろうろ、走っている変なおばさんの車を
想像してみてください・・・
何とも、様にならないですよねえ・・・・

人もいないとなると、
あとは、どこかに車を止めて
聞くしかありません。

すると、前方右手に見えてきたのが
セブンイレブンの目印だった。

もう、あそこで聞くっきゃない!

「浅間総合病院への道を教えてください!」

お客さんだと思って、
嬉しそうな顔ででてきたおじさん、
道を聞く人だったと思って
ガッカリなさったのかもしれないけど、
何せ、慌てた顔で、飛び込んできて
本当に困っているように見えたのでしょう
親切に教えてくれたのでした。

「ここをまっすぐ行って、
2つ目の交差点・・金沢医院と、
ローソンの交差点を左に曲がって
それから、ジャスコの手前を右に・・・」

と、言われたらしいんですが、
何せ、私は慌てていたし、頭はほとんど
パニックだったようで、違っていたかも
しれないんです。.

とにかくそんな感じで、教えて貰ったのでした。

それで、まあ、その・・・
とにかく、走ったんです・・・
早く行かなきゃ・・行かなきゃと、心で思いつつね・・・

ところがねえ
こういう時って、本当に何やってるんだか
自分でもあほらしいのだけど、
とにかく、またしてもどこか曲がり間違えた!

見れば、ジャスコは遠く違う方に見える。

本当はね、このときの2つの目標物
ローソンとジャスコの名前に
もうちょっと、注意していれば
よかったんです。

だって、ジャスコって言えば、
娘が、お友達と一緒に遊ぶはずだった
その大きなお店の名前だったんですから。

でも、その時は全くそんなことは
思い浮かんでおりませんでした。
ただただ、この道が違うということだけしか
分かっていなかったようです。

それで、
また、仕方がないので方向転換をして
田舎の道を走ることになるのです。

気が付けば、いつの間にか
走っている道は細くなり・・・・・
なんと、田圃のあぜ道を走っている有様・・・・
向こうから、車がやってきたら
バックしなくちゃ通れないような細い道でした。

こんな道を走ったって、
絶対に、病院がでてくる分けない!
と、分かってはいたんですが、
何せ、細い一本道、Uターンさえきない。

すると・・・・なんと前方に大きな建物が
見えてきたじゃありませんか!!

あら、嬉しい、よーし!!
あれがきっと浅間総合病院に違いない!

またまた・・・・・ドンドン走っていくと
大きな道にでてきて前に見えたのは・・・・
なんと・・・・
農協の倉庫みたいな建物だった・・・

トホホ・・・・

もうなんといったらいいか、言葉もありません・・・

私は、本当に浅間病院に行けるんだろうか?

続きは明日

(すいません、コメント下さっている方
お返事は、この話が終わってからに
させてくださいませ。
よろしくお願いいたします。)

2つの出来事・・・その3

「娘急変、小諸病院へ行く」

職場で仕事をしている、ふうちゃんに
こんなメールを送ったのですが、
貰った方もさぞびっくりしたことでしょう。

後で、聞いたところ、

「前に、『母危篤』という電報を貰ったとき
以来の驚きだったぞ」と、言っておりました。

でもねえ、そういわれても、その時は
本当にそんな感じでして、
なんだかどんどん、話が大きくなって
いってしまって、まさに急変だったのです

不安そうな目で、私を見る娘のベットのそばで

「お医者さんにちゃんと診て貰えば、
すぐによくなるから」
と、励ましてはいましたが、
その実、私もどうしていいやら、
内心は、ハラハラ、ドキドキしておりました。

そこへ、あちこち電話を掛けて
交渉しておられたらしい先生が
駆けつけてきて、

「実は、小諸病院には耳鼻咽喉科がないんで
受け入れてくれないようなんです。
それで、今耳鼻咽喉科のある、大きな病院を
探していますので・・・」

へ?・・・・・

小諸病院には耳鼻咽喉科がない?

小諸病院って大きな病院じゃなかったの?

そんな話ってあるんだろうか・・・・
そうなんです・・・あるんですよねえ。
ここは、軽井沢だった、東京じゃなかったんだ・・・・

東京だったら、大きな病院に耳鼻咽喉科がない
なんてことは絶対にないんですが、
何せここは、軽井沢・・地方だったのです。

そういえば、最近地方の医療の格差が
問題になっています。
参議院選挙だって、地方格差問題で、
自民党が負けたんだった・・・・

こちらによく、いらしゃる、まるさんも同じ
長野にお住みの方ですけど、
ご自分の出産を実家で出来なかったのは
近くの産婦人科で、産科がなくなって
しまったからだと、おっしゃっておられました。

地方では、医者不足、病院不足になっている
という話は、聞いてはいたんですが、
本当だったのだと、改めて実感しました。

とまあ、そんなことを
ぼんやり考えていた私の所へ
先生がまた、飛んでこられて

「浅間総合病院に行ってください、
そちらには、耳鼻咽喉科がありますので
今、交渉していますから、
すぐに、診てくれるとおもいます」

浅間総合病院・・・・・

名前を聞いて、まず思ったのは
「そこって何処にあるの?」
ってことでした。

全く、すっかり忘れていたんですが、
わたしって、ものすごーーーーい方向音痴なんです。

大きなスーパーに入って、買い物などしたら、
絶対に入った入り口からはでられない、
何処にいるかさっぱり、分からない人間だったのです。

いつも車の運転はするんですが、
初めての場所に行くときは、
絶対に一人じゃ行けないの。
横にふうちゃんが乗って、
道案内をしてくれなくちゃ、何処へも行けない
そんな人間なのです、私って・・・・

「あのーーー、その浅間総合病院って
何処にあるんですか?
私ーーー道がさっぱり分からないんですけど・・・」

「今、地図を書きますので、それを見て
いらっしゃってください」

はあ・・地図ですか・・・地図ねえ・・・・
地図なんて見たって、分かるわけないと思うけど・・・
と、本当は言いたかった。
地図を見て、分かるくらいなら、
何処へでも一人で、行けるじゃないの・・・と、
まあ、そう、いいたかったのですが、
そんな言い訳が、この際通るわけがないです。

どうしようか、
地図を片手に、病気の娘を抱えて
知らない道を、病院を探し探し
果たしていくことが出来るんだろうかと、
益々不安に思っていたその時

娘の携帯にふうちゃんから電話が
かかってきた。

「いったいどうなってるんだ!!」

真っ先に言われたのが、この言葉でした。

そりゃ、そうよねえ・・・
のんびり職場で仕事をしていたら
急に、「娘急変!」ですものね。
ふうちゃんが、娘と別れたときは
娘は風邪を引いてはいたけど、
元気だったんですから・・・
そりゃ、びっくりするわよねえ。

で、まあ、今までのいきさつを話していたら、
ふうちゃんが、いきなり

「お前、救急車を出してもらえ!」

救急車!!!

ああ、そうだ、その手があったんだわ!!
何も、道が分からない私が行かなくても
救急車に運んで貰えばいいのだ・・・・・

昨今、タクシー代わりに救急車を使う人がいて
物議を醸しているけど、
この場合は、いいわよね・・・・
何せ、先生が、命に関わる、っておっしゃってる
んだから、救急車を要請しても
罰は当たらないわよね・・・と、思ったのでした。

そこで、先生に

「あのーーー私、道が分からないし、
行けるかどうか自信がないんですけど、
救急車をお願いできないでしょうか?」
と、お願いしてみたのでした。

すると、暫く考えていらっしゃった先生が
「そうですね、途中で、発作がまた起こったら
大変ですから、すぐに救急車を要請してみます」
と、快諾してくださいました。

益々、話は大きくなっていくのでした。

続きは、その4へ

2つの出来事ーその2

昨日は娘を連れて
病院へ行ったところまででしたね。

さて、
話の都合上、少し時間をもどします。

というのは、
ふうちゃんが帰ってしまった8月19日以後、
実は、私の体の中に
ちょっとした変化が起こっていたからなんです。

最初の変化は、手の平の下当たりに
でてきた小さい赤い斑点でした。
その斑点は、とっても痒くて
ついつい、無意識に掻いてしまうような
そんな感じの斑点でした。

はじめの頃は、外で虫にでも
刺されたのかと、思っていた。
でも、今年は、例の蚊取り線香のお陰で
アブなどに、刺された記憶がありません。
それで、わたしとしては、
「寝ている間に、ダニにでもさされたのかしら」
ぐらいに、簡単に考えておりました。

ところが、この赤い斑点は
どんどん広がっていくんです。
手の平の下当たりから、腕、
お腹、足の付け根と、どんどん広がって
おまけに、とにかくすごーーく痒い。

家にある、かゆみ止めの薬を塗っても
その場限りで、ちっとも効き目がないんですね。

娘を病院に連れて行く、この日の頃には
私の右手の平の下全体が
真っ赤に晴れ上がっておりました。

そこで、どうせ医者に行くんだから
ついでに、私の手も診て貰おうと
簡単に思ってしまったんです。
実は、これも後から考えれば
問題を大きくしちゃった原因だったのですが
その時は、全く気が付きませんでした。

さて、話を戻して
娘と一緒に診察室に入った私たち。

最初は娘の話をしました。
咳がひどく、昨晩はほとんど寝られなかった事などを
よーくお話ししました。

「せき止めのお薬も出していますし、
タンがよく切れる薬も出しているんですけどね」
という先生のお言葉。

それじゃあということで、
「胸のレントゲンを撮りましょう」
ということになって、娘は別室へ
連れて行かれてしまったのでした。

で、まあ、その次は私の番でして・・・
腕の状態をお見せしたところ、

「だいぶひどいですね、この斑点は
痒いだけじゃないでしょう、
チクチク痛みませんか?
刺すような感じじゃないんでしょうか?」と先生。

「はい、痒いし、チクチク痛みます」

「うーん、たぶん、これは帯状疱疹ですね」

「へ?帯状疱疹?」

「はい、ヘルペスによってかかる病気です」

あらまあ、本当にびっくりでしたね。
だって、私としては、単なる虫さされ
ぐらいにしか思っていなかったのに
帯状疱疹といえば、もうこれはしっかり病気
じゃないですか。

帯状疱疹・・・・・・
実は、私、以前にもかかったことがあるんです。
あのときは、最初は背中の痛みから
始まったはずでした。
背中の筋でも痛めたのかと思っていたら、
次には、胸の辺りに小さな斑点がでてきて
確かに、その斑点はチクチク刺さるような感じの
痛みを伴いました。

あのとき、お医者さんに言われたのは
体力と、抵抗力が落ちたときにかかる
水疱瘡菌による、
感染症だと言うことだったと思います。

またしても、同じ病気にかかるなんて
なんと言うこと!!

でも、先生がそうおっしゃるのですから、
まあ、もうこれはそうなんでしょう

「お薬を出しますので、しっかり飲んでください
抵抗力をあげるために、漢方薬も出します、
でも、一番大切なのは、休養です。
ゆっくり体を休めて、安静にしてください」

「あのーーーたしか、帯状疱疹のお薬って
すごーーくお高いお薬でしたよね」

そうなんですよーーーー
以前、確か貰ったときに
病院で言われたのだった
「このお薬は、凄くよく効きますけど
高いんですが、いいでしょうか?」ってね。

保険が利いても1万円台のお値段だった!

まあね、治るんだったら、
この際、値段なんて言っている場合じゃないんですけど
でも、一応確認してみなくちゃと思ったわけでして・・・

と、まあ、こんな話を
私と、先生がしていた、まさに
その時に、事件が起きた!!!

別の部屋へ連れて行かれた娘が
急に咳き込みだした、その咳が
こちらの部屋まで聞こえてきたのです。

この咳、昨日の夜からひどかったんですが
喉っからヒューヒューという音がして
とにかくひどく苦しがっているのがわかる
そんな感じの咳だった。

「娘が・・咳き込んでいる」と、思わず
声に出したところ、
先生が慌てて、そちらの方へ飛んでいった。
そうしたら、看護士さんと、もう一人の先生などに
囲まれて、娘が体を曲げてくるしかっていました。

慌てて、ベットに連れて行かれ
背中をたたくやら、胸をさするやら
周りがどっと騒ぎ出したのです。

それを見ながら私は、
ずーーと昔のことを想い出しました・・・
生まれた頃の娘の姿・・・・

お医者さんって、
普段は、一緒にいる看護士さんなどと
軽口をたたいていることが多いんですが、
いざ、患者さんの状態が急変すると
一瞬で変わるんですね。
これは、もう仕事柄そうなるように
体が動くんだと思います。

「ずっとこんな咳だったんですか?」

「はい、昨夜からずっとこうなんです」

「危ないですよ、呼吸が確保できていません
喉がけいれんを起こしています
血液中の酸素濃度が低くなってますし・・・」

「え?酸素濃度?まさかーーー」

娘の小さな指に、酸素をはかる機械が
付けられていて、分かるんだそうです。

慌てて、先生が点滴の用意をしたり
看護士さんが娘をさすったりして、
どんどん話が大きくなっていきました。

見ていた私は、ただ呆然とするばかり

まさか、そんなにひどい状態だったなんて
思ってもいませんでした。
単なる風邪、ちょっとひどい咳ぐらいの
そんな感じで思っていたんですから。

「今、大きな病院を紹介しますので
そちらに行って診て貰ってください
喉の様子がちゃんと分かる、お医者さんの方が
お嬢さんのためには、いいと思います」

「大きな病院ですか・・・・
行かなくてはダメですか?」

「命に関わるんですよ、呼吸ですからね」

はあ・・・命・・・・

もう、ただ、びっくりでして
お医者さんにそういわれたら、もうこれは
絶対命令みたいなものですよね。

「点滴をして、少し楽になるようにしますので
それが終わったら、小諸病院の方へ
行って診て貰ってください」

というわけで、娘は、大きな病院へ
行くことになったのでした・・・・

家には、お友達が二人、母と残っていて
娘の帰りをまっている・・・・
そんなことも、ちらっと頭をよぎりましたけど
もう、そんなことはかまっていられません。

最優先事項は、娘の病気なんですから!

その時私が慌てて、ふうちゃん(主人)に打った
メールがこれです。

「娘急変、小諸病院へ行く」

明日へ続く!

2つの出来事・・・その1

ご無沙汰しました。

昨日夜、東京に帰りました・・・・
その間・・・じつは
まあ、その・・・色々ありまして・・・・

大変だったんです・・・・・・

2つの事件が、一緒にやってきた。
それを解決するために、オロオロしてまして
ブログにまで手が回りませんでした。

何とかめども立ちましたので
ブログに復活します。

さて、
何が起きたか!
ことをおって、想い出しながら
書いていこうと思います。

そもそもの始まりは
鳥の巣箱かけだったんです。
ですが、それがことの始まりだったとは
私も、主人も全く気が付かなかったんですけど・・・

2つ作った鳥の巣箱

屋根に絵を描いて
出来上がったやつを
鳥のきそうな、木を探して
付けることになりました。

脚立を持ち出してTutaurusi1
何とか届く範囲の高さで
針金で留めました。

こんな仕事って、普通は
男の仕事よね・・・・・
だけど、どういう訳か高いところの
苦手な主人はパス・・・
私に仕事が回ってきた。

というわけで、
私が頑張って付けちゃいました。
それが、8月19日
ふうちゃんが東京に
帰ってしまった日のことでした。

後で、それがとんでもないことに
なるなんて神のみぞ知る。
神様ではない私たちには
分かるはずもありませんでした。

さて、話は変わって
前回、娘のお友達が2人、
やってくるお話をしました。

軽井沢まで迎えに行った娘。
帰ってきたら、何となく元気がない
やらに、咳き込んで苦しそう。
もともと、体が弱い娘でして
心配していたんですけど。
せっかくやってきてくれたお友達ですから
楽しく遊んでいって欲しいですものね。

無理して、軽井沢で遊んでいたらしい。

夕食を食べている間も
咳ばかりするので、大丈夫かなあと
心配になっておりました。

そうしたら、
夜寝ると、その咳はもっとひどくなり
一晩、ほとんど寝られない
そんな状態になっておりました。
咳をする娘の横で
私は胸をさすったり、背中をたたいたり
結局一緒に一晩つきあっておりました。

こりゃ、もう医者に行かなくちゃ!
佐久で遊ぶなんてことはもう無理!

というわけで、
翌日、お友達をおいて、
私と娘で近くの病院に出かけた。
でも、この段階では
私も娘も、帰ってきたら
お友達と一緒に買い物に行って
夜はバーベキューをしようと
計画を立てていたんです・・・・

だけど、そのお医者さんで
とんでもないことになっちゃったの・・・・・
そのとんでもないこと、とは?
明日また。

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ピーコのブログ仲間

  • ホタルと月の国
    絵をお描きになる、浜辺の月さんのブログです。 油彩、水彩、鉛筆、パソコンなど、何でも使って描かれた素敵な絵が、たくさん載っています。絵を描くことの楽しさや、感動が伝わってくる気がします。
  • 信濃はまほろば
    信濃追分に週末住宅をおもちの、ヘンゼルさんのブログ。 自然、ひと、美しい物すべてを、素敵な写真で表現されています。
  • ふうちゃんの軽井沢滞在日記
    ふうちゃんが軽井沢から滞在中の出来事を発信しています。さらに、東京からの発信もあります。
  • ひとりごと
    絵をお描きになる、ぴえろさんのブログです。 日々の暮らしを楽しんでいらっしゃる様子が、素敵な絵と文章で表現されています。表情豊かな人物の絵がとても魅力的です。
  • ひなたぼっこ
    いろいろなことに、興味津々のタムさんのブログ。 あちこちにいらっしゃって、素敵な写真がいっぱいです。名前通り、心がぽかぽか、ほっとするひとときが待っている場所ですね。

ピーコのおすすめ!

  • ピーコ&ふうちゃんの部屋
    ピーコと、ふうちゃんが最初に立ち上げたHP! さっぱり理解できないパソコンと格闘して、どうにか作った代物です。
  • P&F in Karuzawa
    ピーコとふうちゃんのお部屋からおいだされたふうちゃんが、独立!軽井沢の風景、内田康夫の名所案内、軽井沢滞在日記などがあるHPです。

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