フォト

軽井沢の花たち

  • ツリフネ
    軽井沢の庭に咲く花を集めてみました。東京では見られない花がたくさんあるのに、驚きます。

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 箱根成川美術館 | トップページ | 家具蔵のベット »

世は千年の・・・その1

「世は千年の蓄えをせよ」
なんて言う言葉、知っている人は
いないだろうなあ・・・・

実は、これは我が家の家訓・・
というか、祖母の口癖。

私の祖母は(父方の祖母)
慶応生まれでして、
私が小学校2年の時に亡くなった。

彼女は、えーーっと、その、つまり・・・
言ってみれば、吝嗇家。
有り体に言えば、度ケチ人間だった・・・

テレビドラマに、節約人間がでてくる
えーっと、東紀之さんのでてくるのが
あったと思うけど、そんな程度じゃないのです。
もっと徹底的に、節約人間だったようです。

まあ・・・・時代が違いますからね。
そうなったには、それなりの理由が
あったわけでして・・・

何しろ、食べていくのが大変だった時代です。
母がよく聞かされた話では、
朝、畑で出来た大根を収穫して、
町まで背負って売りに行く。
一日中、町中を売って歩いても、
売れなかったとか・・・

要するに、お金がなくて、
食べるものが買えなかった、
「おしん」のドラマは、当時としては
別段特別な話じゃない、
普通の日本の田舎の出来事だったのだと、
改めて、母の話を聞くと思います。

ただ、この祖母、そこで
食べられないからって
嘆いていただけの人ではなかった!

農家では、お金が稼げないなら、
他のことをすればいいと、
発想の転換を図った!

何をしたか?
産婆さんになったんです。
当時としては、ちょっと進んでいた
飛んでた人間だったみたいですよ。

でもまあ、そのやり方が凄い。
母から聞いた話なんですけどね、
朝四時に起きて、遠くの産婆学校に
通ったそうで、毎日4里の道を
歩いていったとか・・・

うーん、我が祖母ながら、
なんともまあ、傑物だったのね。
その血が私にも流れてる・・・
はずなんだけど・・・
どうも、あんまり流れているようには
思えないなあ・・・

私が知っている、祖母は
そんな女傑の片鱗もなかったもの・・・
黙って座っていて、
いつも、私を褒めてくれたぐらいしか
覚えてない・・・・

もっと話を聞きたかったです。
どんな人生を送ったのか、
聞いておきたかった・・・・
書き残しておきたかったなあ・・・

きっと、
もう一人・・・
「おしん」を発見できたかも
しれないもの。

« 箱根成川美術館 | トップページ | 家具蔵のベット »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

★りきさん。こんにちは!

そうなんですよーーー、祖母を私は子供の頃見ていたんですけど、そんな女傑だったとは、全く知りませんでしたね。根性もあった人だったなんて・・・
今頃、知りたがっても遅いんですよね。もっと早く気が付けばよかったですね。せめて父が生きているときに話を聞いておけば・・・と思います。
りきさん。はおばあちゃん子だったんですか。
それじゃ沢山お話が聞けてよかったですね。やっぱり実際に震災や戦時中のことを体験している方から、聞いた話は、迫力が違いますよね。大切だと思いますね、そういう話を伝えていくのは!
娘の代になると、聞いた話のまた聞いた話ですから、だんだん風化してしまうんでしょうね。残念なことだと思います。

何とまぁ、頼もしいこと・・・
昔の人は、生きるために知恵を絞って工夫したのですよね。根性もあったと思いますね。
ピーコさんのお祖母様は、賢い方で人一倍努力された方のようですね。

本当に、お話もっと聞きたいですね。(*´ー`*) 
私は、明治生まれの祖父母に育てられたようなものですから、色々と経験など話を聞いています。
戦時中の話や関東大震災の話など、とても貴重だなぁ~と感じています。

困った時など、生きる上で その時の祖母の生き方が参考になることもありますね。

★タムさん、いらっしゃいませ。

そうなんですーーー、父が明治の終わり頃の生まれでして、祖母は確か慶応の最後ぐらいだったと思います。
江戸時代なのよねえ・・・詰まるところ江戸もそんなに昔じゃないってことかしらね。
直接聞いた話じゃないので、まあちょっとあやふやなところもあるんですけど、それでもね、確かに当時で産婆の学校に通う女性なんて、殆どいなかっただろうから、先駆者といえばそうかも・・・田舎のことですし・・・
中国や、東南アジアの人々が強いのと同じように、昔の日本人もきっと強い精神力を持っていたんだろうなと、思います。文明の発達とともに、便利さと交換しちゃったのでしょうね。
現代人の殺伐とした感覚は、何がそうするんでしょうか。このごろお友達と会うと、そんな話ばかりしています。昔に返る事は出来ないけど、昔から学ばねばならないのかもしれませんね。

★ぴえろさん、いらっしゃい。

そうなんです・・・・ってまあ、殆ど母から聞いた話でして、私が直に聞いた話じゃないんですが。
父からもっと聞いておくんだったと、残念でたまりません。きっと父も、聞けば喜んで話してくれただろうに・・・
そんな物かもしれないですね・・・親孝行と同じで、聞きたいときにはいないのかも。
でも、とにかく昔の人は強かった。根性が違いますよね。人間って本来そのくらい強いはず何でしょうけど、だんだん文明の発達とともに、弱くなっている感じがします。
昔の人の方が、幸せだったという意見も、よく分かります。人間にとって幸せって、本当は何なんでしょう?
永遠のテーマかもしれませんね。

こんにちは!

ピーコさんのお婆さんは慶応生まれ?ってことは幕末に生まれたの?それはすごいですね。江戸時代ってことでしょ?

そしてお話を読んで、なんと逞しい生き方をされていたんでしょう。本当にそんな方の人生をもっと聞いてみたかったですね~。

以前にもどこかで書いたと想うのですが、人間貧しかったり不便だった時代の方が人間的には豊かで根性もあったと思います。私をはじ戦後生まれで生活がなにもかも便利になってきた時代に育った日本人は切羽詰った状況
を経験してないから芯が無いと言うか、どこか精神的にも弱く辛いことからも逃げ出すことが多いと思います。

ましてや現代は人間同士が殺伐として毎日おそろしい事件が後を絶ちません。それが当たり前になってしまう社会なんてなんと嘆かわしいことだろうか。

先人の生き方を機会があれば聞いて吸収したいものですね。

先端を走っていらっしゃったのですね。

そう言えば私も祖父母のことあまり知りませんね。
ただみんな貧しく、お金には苦労したと言うことです。
時代といえばそれまですが、総体的に考えてみると足して引いてみてもどの時代が良かったとは言えませんね。
現代に生きている私たちは一見幸せそうにみえますが、果たして本当にそうなのかと考えてしまいます。

私も祖父母のことを聞いておけばよかったとつくずく思います。きっと、強く鍛えられた精神の持ち主だったのではないかと思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/142268/15148924

この記事へのトラックバック一覧です: 世は千年の・・・その1:

« 箱根成川美術館 | トップページ | 家具蔵のベット »

2014年9月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

ピーコのブログ仲間

  • ホタルと月の国
    絵をお描きになる、浜辺の月さんのブログです。 油彩、水彩、鉛筆、パソコンなど、何でも使って描かれた素敵な絵が、たくさん載っています。絵を描くことの楽しさや、感動が伝わってくる気がします。
  • 信濃はまほろば
    信濃追分に週末住宅をおもちの、ヘンゼルさんのブログ。 自然、ひと、美しい物すべてを、素敵な写真で表現されています。
  • ふうちゃんの軽井沢滞在日記
    ふうちゃんが軽井沢から滞在中の出来事を発信しています。さらに、東京からの発信もあります。
  • ひとりごと
    絵をお描きになる、ぴえろさんのブログです。 日々の暮らしを楽しんでいらっしゃる様子が、素敵な絵と文章で表現されています。表情豊かな人物の絵がとても魅力的です。
  • ひなたぼっこ
    いろいろなことに、興味津々のタムさんのブログ。 あちこちにいらっしゃって、素敵な写真がいっぱいです。名前通り、心がぽかぽか、ほっとするひとときが待っている場所ですね。

ピーコのおすすめ!

  • ピーコ&ふうちゃんの部屋
    ピーコと、ふうちゃんが最初に立ち上げたHP! さっぱり理解できないパソコンと格闘して、どうにか作った代物です。
  • P&F in Karuzawa
    ピーコとふうちゃんのお部屋からおいだされたふうちゃんが、独立!軽井沢の風景、内田康夫の名所案内、軽井沢滞在日記などがあるHPです。

acces