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軽井沢の花たち

  • ツリフネ
    軽井沢の庭に咲く花を集めてみました。東京では見られない花がたくさんあるのに、驚きます。

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冬到来?

今朝の天気予報で、軽井沢は初雪だそうです。

今年は、ずっと暖かかった。明日から12月に入ろうというのに、コートが必要な日はやってこない。買い物に出かける自転車も軽装で平気。なんだか冬がやってこないのではないかと思うような、晴天の日々が続いていましたものね。
そのお陰で、今年の紅葉は何処でもいまいちのようです。

そこへ、この天気予報・・・初雪ですって?!
あらまあ、大変だ!!どうしましょう?
何が大変かというと、実はまだ車が冬装備になってないのです。
スタットレスタイヤに履き替えてないのだ。このままの装備で軽井沢に入ると、車が滑って危なくなってくる。急いで、タイヤの交換をしなくてはいけません。
だけど・・だけど・・・・困ったことに、スタットレスタイヤは東京にはないのです。
軽井沢のお家の地下にあるのです。
実は、先週末に出かけて替えてくるはずだった。ところが母が怪我をして行けなくなってしまって、それで延び延びになっているのです。
マズイですよ、このままだと今年の冬はあちらに行けなくなってしまう。

というわけで、今週末は、どうしても出かけなくちゃ!!
それまでに、降った雪が溶けていますように・・・
今週末は、軽井沢の冬景色をお届けできるといいな・・・
いよいよ、冬到来かな?

耐力壁のお話

ここ数日、新聞やテレビでマンションの強度不足の問題が盛んに取り上げられている。

建築士、施工会社、そして検査機関すべてがかかわってとんでもないマンションが出来上がってしまったようだ。この問題が生じてからしみじみと思い出すのは、軽井沢の我が家を建てたときのこと。

私は、とにかく大きな窓が沢山あるお家をつくりたかった。景色を見ながら暮らしたかったからなんですが、そのときハウスメーカーの担当設計士が、いつも私に言い聞かせた言葉が「耐力壁」だった。

「このドアを引き戸にしてくれませんか?」
「そこの壁は、耐力壁ですから、だめです」
「ここに壁収納をつくれませんか?」
「その壁も耐力壁ですから、ダメです」
「ここに窓が欲しいんだけど・・」
「そこは、絶対にダメです、耐力壁です」
「この、邪魔な柱とれないの?見栄えが悪いじゃない」
「この柱は、絶対に必要です、これで上を支えているんです」
など、など・・・最後の頃には、とうとう私も切れて
「自由設計なんて嘘じゃない、自由にならないのね」と、毒づいたものだった。

思い返せば、なんとむちゃくちゃな施主だったことか・・・
こんな問題が持ち上がらなければ、あの設計士さんのありがたみが分からなかったかもしれません。例え施主であろうと、ちゃんとダメな物はダメといってくれる設計士さんで本当に良かった・・・
世の中の設計士さんは、ほとんどまじめにちゃんとこのように助言してくださるのでしょう。
それなのに、たまたまおかしな人がいるために、すべての設計士さんが白い目で見られるなんて、何ともやりきれない気持ちです。それでここに一言、そんな方ばかりではないということを書いておきたかった。まあ、皆さんそう思っておいででしょうけれど・・・
(ピーコ)

パソコン世代・・その2

パソコンのお話のつづきです・・・・

といいながら、さてなんのお話だったか・・・
どうも私の文章は、長くなる傾向があるみたいです。何を書きたかったか途中で自分でも分からなくなる。ふうちゃんに言わせると、駄文だということになります。
(私に言わせると、ふうちゃんの文は、つまらないお役所文章だと思うけどね)

マズイ!こうやってよけいなことを書いているから長くなるんだった・・・
元に戻して、パソコンのお話。
そうでした、何でパソコンのお話を書こうと思ったかというと、
結論から言うと、この一言を書きたかった。

昔(といっても5年ほどだけど前)私たちがHPを、
立ち上げた頃は、HPを作ろうと思っている人は、
ほとんど若い人ばかりだった。
だけど、このブログを書き始めてどうやら同じ世代の方々と、
お話しできるようになってきた!

そうなんですよ、最近こちらにいらっしゃる、方々の年齢を知る機会があって気が付いたのです。嬉しい発見でしたね。パソコンもどうやら私たちの世代になじんできたようです。
頑張って、これからもパソコンで遊びましょうね。

ふうちゃんの勤務先の紅葉

ふうちゃんの勤務先は、東京のほぼ真ん中にあります。都会にいることを感じさせないくらい樹木の多いところにあります。軽井沢と比べることはできませんが、東京の中では、昨日、紹介した神宮外苑と肩を並べることができると思います。\(^_^)/ふうちゃんの携帯からです。051127_09480001.jpg

神宮外苑の銀杏の紅葉

 明治記念館で会合が会ったので、青山一丁目で電車をおりて051126_11100001
神宮外苑の銀杏の紅葉を見てきた。東京では紅葉の場所として
有名なところだが、この時期タイミング良く行くのは初めてのような
気がします。何しろ、人が多いのには驚いた。
東京の数少ない紅葉スポットにこれだけ人が集まっているとは
知らなかった。

パソコン世代

我が家の最初のHPを立ち上げたのが、2000年の10月だった。

あれから5年経つ・・・

そもそもはふうちゃんが仕事で、ヨーロッパ等を視察したことに始まります。
あちらのパソコン教育を現実に見て来て、これは自分も始めないと、教える方としては遅れてしまうと、気が付いた!
そこで最初に買ったのがウインドウズ95だった。
今から9年前のことです。
全く初めてのパソコンで、何をどうしたらいいのか分からない、いや何が出来るのかすらわからないそんな状態からの始まりだった。
最初は、パソコンを使うと言うより、一緒に入っていた一太郎のソフトの使い方をお勉強する方が面白かった。「我が家の新聞」なんていうのを作って遊んでいたのを覚えています。

HPを作ろうなんて思い立ったのは、その頃入っていたポストペットの学園のお友だちのお陰です。ポスペの学園・・・なんて初めて聞く人もいるでしょうね。
ペットがメールを運んでくれるソフトなんですが、これを使って知らない人とメールでお友だちになろうという会なんです。知らない人に「初めましてメール」を送ってお返事をもらいながらお友だちになる。結構面白くて、日本全国の人たちと、お友だちになりました。
ところが、これをやっている人たちって、若い人が多い。
中年のおばさん、おじさんなんていうのはほとんどいなかった。
そりゃそうですよね、パソコンなんて使っているのは、若者だけの頃だったのですから。
ほとんどが学生さんとか、仕事を始めたばかりのお若いOLさん、中には中学生なんていう方のもありましたね。お勉強の相談やら、恋の悩みなんていうのにつきあっていたことなどもありましたっけ。懐かしい思い出ですね・・・・・・
長くなりそうなので、つづきは明日また・・・・

携帯からの投稿

携帯から投稿できるかテストしてみます。 051123_12410001.jpg

「ウワー」大成功!!!! 本当に驚きました。(ふうちゃん)

From 軽井沢2

朝7時に起きた。まどを開けると、ベランダは落葉松の落ち葉で覆われている。051123_10440001
道路を挟んだ向かい側の落葉松が紅葉している。
今年は紅葉全体が遅いので、今になってもまだ紅葉した落葉松が残っていた。
散歩に出かける。
まだ、道々に紅葉した落葉松がまだ残っている。
それをデジカメに納めていく。

http://www.sas.janis.or.jp/~l7pandf/05karamatuinohk.htm

.霜が落ち葉の上に降りているのを発見する。051123_10440002
雪を頂いた浅間山の姿をとらえることができた。
だが、つい一月前まで茂っていた野草はもう枯れていて姿がない。

冬がもうそこまで来ている軽井沢。
短い滞在だったが、のんびりできた。
これから、温泉に入って東京に帰る。(ふうちゃん)

From 軽井沢

 ピーコから「今日はあなたが書いてね。」と言われました。

軽井沢駅に着いたのは午後4時半ごろ。そして、信濃追分からこちらに着いたのは5時ごろだったので、辺りは暗くなっていて、あまりその雰囲気をとらえることはできなかったのです。

 テラスに落葉松の落ち葉が散っている。karamatuotiba1
 星が綺麗に輝いている。
 ということは分かりますが、外の様子については、明日、書くことにします。

こちらにきて、冬場、最初にやらなければならないのが、水回りの復旧です。
東京に帰るときには、水抜きをする。水道管の中やトイレのタンクに貯まっている水が
気温が零下になると凍ってしまい、水道管を破裂させてしまうので、それをさけるために
水を抜いておくのです。まだ、雪が積もっていないからいいけど、雪に埋もれた水道の元栓を開いたり、閉めたりする作業は、結構大変なものなのです。
 寒いところで暮らすことの大変さが初めて分かった次第です。
 これに雪掻きが加わってきます。
 落ち葉の掃除もばかになりません。(ふうちゃん)

骨折・・・その4

骨折のお話ばかりでなんとも申し訳ない感じです
明日は、ふうちゃんが軽井沢からお便りを書いてくれるはずですので・・・・・

さて、今日は母を病院に連れて行った。

痛い、痛いと言い続けていた母も、だいぶ痛みに慣れてきたようで、この頃は起きたり寝たりに手を貸さなくても、自分でやろうと頑張っている。
だいたいが、人を頼るのが嫌いな性格で、自立心旺盛な母ですからこういうときはすごく助かります。ただ、無理をして頑張っちゃうのが心配ではあるのですが・・・・

さて、病院で今日もレントゲンを撮った。
母は痛みがとれないのが、気になるらしく、
「痛みはいつ頃まで続くのですか」と聞くと、先生は
「骨折ですからねえ・・・そう、簡単にはむりですよ」とのこと。
(そりゃそうよ、骨が折れているですからね・・・・・気が短いのよね母って)
それから、おもむろに写真を見ながら先生が一言、「順調ですね・・・」

思わず私も、じっと写真を見てしまった。
ウーン、この写真、先週撮った写真とあんまり違わないと思うけど・・・
そこで、つい一言
「先生、順調っておっしゃるのは、なにをもってそういうのですか?」
あああ・・・・またやっちゃった。
私、どうも一言多いのだ!前にも医者に、「リスクは?」と聞いて
にらまれたことがあった・・・・今回も先生、ビックリした顔をされてジロリ!
「ひどくなってないから、順調なんです」
ああなるほどね。そういう意味でしたか。

とにかく、母は、順調に回復しております。
皆様、温かい励ましのお言葉、有難うございます!!
母も喜んでおります。頑張らなくちゃと、思っているようです!!

骨折・・・その3

母を風呂に入れた。

母の骨折したところは、左肩の付け根あたりがなのですが、左腕を少しでも動かすと、とにかく痛いらしい。
メッシュの袖のようなものに左腕を通して、それを肩から釣っている。そしてその上を固定板のようなもので押さえこんでいるのですが、押さえていても全く左腕を動かさないでいられるかというと、そうはいかない。
ベットに寝ころぶときや、起きあがるとき、右手で何かをつかもうとするときなど、特に左手を使おうとしないときでも、左腕がつい動いてしまうようです。そのたびに、
「痛い、痛い」と、顔をしかめている。

そんな状態ですから、風呂にはいるのはダメなのかなあと医者に聞いたら、
「風呂は入って大丈夫ですよ」との、お言葉。
それじゃあと、挑戦することにした。
といっても、まず最初は、寝間着を脱がせるのから、大仕事です。
左腕を動かさないように、脱がせるのが至難の業!
また、着ている寝間着が頭からかぶっているやつですからね・・・・
介護するときは、前あきの寝間着が便利です!!
(そんなことも、初めて体験して分かることですね)

次は、湯船に入る、そして体を洗う、となるわけですが、
何をするににも、滑らないように、しっかり手すりにつかまって、
ゆっくりゆっくり・・・・となります。
やってみると分かるけど、どれをとっても、本当に大変ですね。
湯船から入るのも、出るのも一仕事です。
相手の痛い部分に、気をつけながらやるというのはなかなか難しい。
きっと、介護のこつってあるんだろうなあ、
介護の勉強でもしておかなくちゃと、しみじみ思いました。

人間健康の時には、分からないことってあるんですね。
さあ、明日も頑張るぞ!!

骨折・・・その2

昨日の早朝椅子から落ちて骨折した母は、肩から布当てをして寝ています。

医者に行ってレントゲンの結果、左肩がずれているのを発見したとき、てっきりギブスをはめるのだと思った。骨折ですからね、ギブスになると思ったのです。ギブス・・・つまり石膏で肩の辺りから固めちゃうんだと思ったわけです。

実は、私も十数年以上前に転んで右手の肘の辺りに亀裂骨折というのをやったことがある。骨折って、あんなに痛いんだと初めて知った。転んで打ち身などをするときとは痛さが違うんです。普通の打ち身の場合、最初は目から火が出るほど痛くても、しばらくすれば、だんだんと痛みは落ち着いてくるんですが、骨折は違う!時間がたつに連れてジリジリと痛みが増してくる感じがあるんですね。
それで、「ああこれは違う、何か違う」と、気が付く。
そこで慌てて、病院へ駆け込んだわけですが、あのときはちゃんとギブスになった。
右腕の肘の辺り全体に、石膏で固められちゃったのであります。

それが今回見ていると、布で左腕を肩から釣って、その上から押さえぬのをしているだけなのですね。こんなので大丈夫なのかなあと、気になったのですが、医者はこれでいいというう。なるほどね・・・これも技術の進歩なのかも知れないと思った。
確かに、石膏で固めると手は動かなくなるけど、かぶれたり重かったりと、いろいろ問題もある。それで、布のこんなものが開発されたのだろうかと思う。
世の中、本当に変わってきているんですね。医学もしかり、進歩しているのですね。
こんなことでもないと、そういうことに気が付くこともない。

骨折!

母が骨折した・・・・・・・

朝起きて母の所に行ったら、台所で倒れている母を見つけた。
転がったままで、じっと動かない。慌ててそばにより、
「大丈夫?」と、声をかけたが痛がるばかりだ。
そのまま、車で病院に直行した。
左肩上腕部骨折!レントゲンを見ても、骨がずれているのがはっきり分かった。

いよいよきたか・・・というのがまず最初に思ったこと。
年の割には、とにかく元気で病気一つしたことがない母だった。
自分でも気を配っていて、牛乳とか骨によい食物を食べて、骨折にならないようにしていたのだけど、やっぱり年には勝てないみたいだ。
ガックリ気落ちしている母を見ると、さすがにかける言葉が見つからない。
「大丈夫よ・・・腕なんだから」
そうなのだ!たまたま折れた部位が肩だった。
不幸中の幸いというのは、このことなのかもしれない。
これが足だったり、右肩だったりしたら、本当に生活に困っちゃう。
たまたま左肩・・・ということは、しばらく固定していれば治る。その間歩いたり、食事をしたりとかには、あんまり不自由じゃない箇所ですよね。

「良かったんだよ、肩で・・・・足だったりしたら、寝たきりになっちゃうんだから」と
まあ、変な慰めの言葉をかけた。
さあ、これから頑張らなくちゃ!
暇な時間は終わった。主婦兼看護人頑張るぞ!!

新宿にて・・・

久し振りに新宿に行った。

たまに繁華な場所に行くと、とにかく疲れる。
特に私は、人混みが苦手。人の多くいるところに行くと、必ずと言っていいほど、頭痛になるのだ。たぶん普段静かな家にばかりいるから体がなれていないせいだと、自分では思っていた。ところが、ある本を読んだら、これってマイナスイオンが少ないせいなのだとか。
ちゃんと原因があったとは・・・・・・・

今日も新宿のデパートやら、ブティックやらを覗いていたら、足もつかれたけど、それより何より、やっぱりしばらくしたら、頭痛がやってきた・・・
不思議なんですよ、頭痛がやってくる時って、ちゃんと兆候がある。
最初は、目がチカチカする、それから生あくび、そして次第に頭の芯がジーンとくる。
これを放っておくと、その先は頭痛、そしてもっとひどくなると、吐き気が襲ってくることになる。そこまで行くと大変!!

まあ、今日はそこまで行く前に、さっさと帰ってきました。
ウインドウショッピングもそこそこに、引き揚げた。昔は一日ぶらぶらしていても平気だったのに・・・・・・結局ほとんど買い物は出来なかった。買わないものの一日。
まあ、いいか・・・・次があるさ・・・
買ってしまえばそれまでだけど、買わなければ、また次の楽しみもある。自分の身に付いた質素倹約の精神に改めて乾杯!!

買ってきたものは一つだけ、娘のシャツ・・・あああ、自分の物より、娘の物を買うようになったのは、いつの頃からだろう・・・
今日はぼやいてばかりの一日だなあ。

松茸ごはん

松茸ご飯を食べた!

ふうちゃんが広島に出かけて、お友だちからいただいた松茸でつくったご飯です。
松茸ご飯なんて、何年ぶりに食べるのだろう・・・・
もう、何年も食べてない気がする。子供の頃には、よく食べた。
母が秋のこの時期になるとつくってくれたものだった。それがいつの間にか食卓にのることはなくなっていた。お店に出ている松茸をみれば、一つ何千円という値段が付いている。
だいたい、キノコ一本にどうしてそんな値段が付くのだろう?
それより何より、これを食べなくちゃどうにかなる、というものでもない。matutake2
そんなこんなで、松茸は我が家の食卓から忘れ去られていたのだった。
それが、何年かぶりで我が家の食卓に上った。

娘に言わせると、「松茸ご飯、初めて食べたわ」となる。
「美味しかった!!すごくいい香りがした・・さすがキノコの王様」
なのだそうだ。なるほどね、娘は結構高級品好みだったのね。

普段夕飯にご飯は食べない(ビールだけの人)ふうちゃんが、この日に限ってご飯をおかわりした。家族そろって美味しく食べた松茸ご飯。matutake1
お友だちに感謝の夕べだった!!

ALWAYS三丁目の夕日を見て

 広島のホテルでの朝食の折り、ほぼ私と同世代の4人が一つのテーブルに集った。私を除く3人が6日封切りのこの映画をすでに見ている。それも、実にいい映画だという。

 早速、娘を誘って有楽町の日劇に見に行った。私が映画を見に行くのは本当に久しぶりのことである。

 主人公というか、そこに登場する一平、淳之介という子どもが私と同じ年なのである。
 私の子ども時代のことを描いているのである。それも、東京タワーが見える東京の下町が舞台で、私が生活していた大田区の下町とそう雰囲気が違っていない。登場人物の設定も容易に理解できた。東京タワーが出来たのは昭和33年だった。私は小学校4年生だった。当時、「テレビのチャンネル増えました」というコマーシャルが流れていたように思う。8チャンネル(フジテレビ)と10チャンネル(テレビ朝日)が、東京タワーが出来たことによって放送を開始した。そのころ、東京12チャンネルはまだなかったと思う。

 一平の家にテレビがやってきたのは、この年だが、私の家にテレビがやってきたのは、その2年後(6年生)のことであった。映画にあるように力道山のプロレス中継がはじまると
鈴木自動車のような、町工場でテレビを見せて貰った。それ以前テレビを見たのは、商店街の電気屋の店先だったり、風呂屋だったり、そばやだったりしたこともある。
 映画のようにみんなで力道山の空手チョップに熱中したことは、今でも脳裏に焼き付いている。

 当時、東京からも沢山の星が綺麗に見えたことを覚えている。工場の2階の物干しから星が綺麗に見えるシーンがあった。本当に綺麗だった。夏休みの小学校の校庭で映画会がよくあった。その時、校庭に作られたスクリーンの上を流れ星が走っていたことが印象的だった。

 サンタクロースが来るか、来ないか本当に子どもの関心事だったと思う。
 

 自分の生活と比べて書いていると切りがない。

 戦争が終わって10数年。大人達はよく働いた。六子さんのような集団就職の人たちが私の周りの工場にもいた。休みの日になると、手回しの蓄音機で「月がとっても青いから」のレコードを工場の2階で聴いていたお兄さんがいた。お菓子をくれたり、映画に連れていってくれたこともあった。
 よい社会、生活を夢見て一生懸命に働いた。
 みんな今から見ると元気だったのだろう。

 歴史に渦中にいる人(本人)には、自分たちのしていることやその役割が何であるのか、そして、それが後世どのように評価されるかは、見えていないことがほとんどだろう。

 今、元気のない時代だと言われているが、 元気のあった時代を振り返ることによって
 元気の出る、手がかりが得れればと思う。

 久しぶりに映画を見ながらよく泣けた。

 単なるノスタルジアだけではないような気がしている。(ふうちゃん記) 

広島へ

 hirosima1 11月10日の夜から12日まで広島に行って来た。

平和公園と宮島は大学4年生の時以来である。ホテルの近くが平和公園だったので、11日の早朝散歩した。戦後60年という節目の年にここを訪れることが出来たのは意義深い。

平和資料館は、早朝のため入れなかったが、公園内のものは歩いているうち記憶がよみがえってきた。原爆の子の像。佐々木禎子さんの死を悼んで同郷生が中心になって、全国の学校に呼びかけ、この像はできた。

私の記憶の中genbakunoko1 にも、小学校の1,2年の担任の先生が、禎子さんの話をしてくれて、お金を寄付したのか鉛筆を買ったのか記憶が定かではないが、協力したことを覚えている。
原爆ドーム、前、見たときは、もっと壊れかかったいたように思えたが、全国の人の協力で修理をし、しっかりと立っているように思えた。

 11日の夜、宮島に泊まった。ひどい雨だったので、ライトアップされている
鳥居や厳島神社を見ることが出来なかったのは残念だった。
12日は朝からとてもいい天気であった。厳島神社の鳥居をしっかりとカメラに納めることができた。
60トンの木の重みで海に浮かんでいるそうである。高さは16メートmiyajima1 ルで奈良の大仏と同じ。NHKの義経のタイトルバックに厳島神社とそこで行われている舞楽が登場している。
NHKの放送に出てくるまでは、その存在を知らなかったが、赤い衣装で面を着けて踊っている姿が印象的である。この舞楽、特別の時に上演されるとのことだが、10万円を払えば、15分間で、だれに対しても上演してくれるとのことだった。
 清盛が安芸の守であり、厳島神社を大切にしたこと。
 「平家納経」を日本史の暗記事項として知っていたが、33巻のお経のことであり、一族の半径を願って清盛が納めた(平家が納めたお経のなので「平家納経」と呼ばれることがわかった)実際に現地に臨んで分かることは多いのである。 

            setonaikai1
 宮島から呉まで、約1時間の瀬戸内海クルーズ。
 呉は、軍港として栄え、戦艦大和の故郷として知られている。
 初めて、訪れた呉にはこの4月に開館した大和ミュージアムがあり、すでに入館者が100万人を越え、呉の町を活気づかせるとのことだった。渋滞したことがない道路が渋滞するようになったとのこと。
 10分の1の大きさの戦艦大和が展示してある。知覧の特効記念館のように乗組員の両親に宛てた手紙などが展示してある。yamato1
 大和を作った当時の造船技術が現代の科学や物の製造に生かされていることを強調する展示などが印象的であった。戦後60年という節目の年の近年としてつくられたとのことであるが、これほど人気が出るとは予想外のようであった。
 

 久しぶりに訪れた広島では、10日の高校時代の友人が庄原の自宅近くの山で取った松茸を持ってきてくれた。彼の紹介で焼きガキを賞味することができた。
 明日、松茸ご飯を作ることになった。(ふうちゃん記)

箱根より

箱根の温泉に行ってきた!

母を連れて、温泉の旅をしてきました。なかなか腰を上げなかった母も、何とか付いてきてくれたので、親子3人で久し振りの温泉です。
行きは、東名御殿場から入って、ぐるっと芦ノ湖を回り湯本の温泉旅館に行きました。

箱根はもう、何度も出かけているので車でも一人で旅できます。
そうなんですよ、私ってすごーーい方向音痴!車の運転はするのだけど、道がさっぱり分からない人なのです。何処へ行くのもふうちゃんが頼りなの・・・だけどね、ふうちゃんは道は詳しいけど、車の運転免許は持ってない人。ハハハ要するに2人で一人前なのよ。

さて、温泉にはいるのが主な目的だったので、芦ノ湖や仙石原はドライブで通っただけ。
ちょっと、湖尻で駐車して湖畔で休憩はしましたが、他はただは走っただけだった。
だけど、走っていて気が付いた!箱根って軽井沢より暖かいのね。そのせいでしょう、
紅葉はまだまだだった。わずかに赤や、黄色になりかかってはいましたが、まだほとんどは緑だった。特に旅館のある湯本は全く緑一色!11月も半ばだというのに、
本当に暖かいのですよ。asinoko1

着いたのが午後3時頃、することはとにかく温泉にはいることですからね。
以後とにかく温泉に何度も入りました。

部屋に露天風呂が着いている宿、だったのだけど、部屋の露天風呂って、
あんまりおすすめじゃないですね、
だってこの時期寒いの。お湯をはると入れるだけで
桶に熱を取られちゃって、ぬるい感じになっちゃうのよ。asiyu1
大浴場の露天風呂は、夜入ったら月が見えてとっても素敵だった。
それに、ここでも白熱灯の明かりの良さを再確認してしまった。
木陰や和紙の照明器具に覆われていて、雰囲気がとっても素敵!asiyu2
それから、足湯がよかったなあ・・・ポカポカ暖まって
それでいて、体に負担がかからないから、長く入っていられる。
冷え性の私や、母にはピッタリだったみたいです。
そのせいでしょうか、母も来て良かったと、喜んでくれました。

さて、何回入ったと思います?
合計なんと、9回!!(足湯も入れてですけど)ウーン、さすがに、湯疲れしましたね。
一泊して、今日はもう帰ってきたんだけど、ああ疲れた!

家にたどり着いて、気が付いたの
所要時間1時間半・・・やっぱり箱根は近かった!!

母を連れだそう!

久し振りに東京です。

それにしても暖かい11月ですね、東京は!
車を運転しながら東京に近づいてくると、着ているフリースが邪魔になってくる。
暑いんですよ・・・11月なのにねえ

さて、私たちが軽井沢にいる間、我が母はトラ(猫)とお留守番。
足と腰が悪くなっている母は、とにかく出不精です。最近はすっかり何処へも出たがらない。
「軽井沢の紅葉を見に行こうよ!」と、誘っても
「面倒だわ」の、一言。

近くに美味しいお店が出来たから、食べに行こう、と、誘っても
返事は同じ。ひたすら家の中ばかりの生活です。
庭の草取りをするのだけが、わずかに彼女の趣味・・・
(趣味なんて言うと、怒られちゃいます。「私は好きでやってるわけじゃないのよ、綺麗になるのが見たいから、仕方なくやってるの」・・・だそうですが)

それでも、私としては、あんまり家の中ばかりというのはねえ・・・
おまけに、明日は母の85回目の誕生日!
私たちばかり、紅葉の素敵な景色を見るなんて、あんまりですものね。
というわけで、
「ねえ、何処か行こうよ!近くだったらいいじゃない、車だし、行けるよ」と、
とにかく押しの一手。なんだ、かんだと、言っていた母もやっとその気になってきた!

行くぞ!明日は温泉、箱根湯本!!
一泊だけだけど、ゆっくりしてくるぞ!!

一番ニッコリしているのは、娘のようですけどね。
温泉に入って美味しいものが食べられる!ってね。

ちょっと、幻想的?

晴天の軽井沢から、おはようございます。

今日は、早朝から晴れです。なんて、何故そんなことを書くのかというと、軽井沢は早朝から晴れることは本当に珍しいのです。だいたいこの時期になると、お日様が出てくるのが遅いですから、なかなか出てこない。そこへもってきて、早朝はほとんど曇りか霧なのです。

それが、今朝は6時頃起きたら、空が明るい・・
うーん、これは晴れるぞ!というわけで早速起き出して、早朝散歩に出かけました。
今朝は、ふうちゃんがいないので、一人旅です。ちょっぴり寂しいお散歩でした。

別荘地の一番てっぺん、クラブハウスの辺りは絶景です。
浅間山が全面に見えて、お天気だと本当に素敵な風景です。
昨日、絵画教室の先生とお友達が遊びに見えて、この光景を見て
「すごーーーい!!」と、感嘆の声。moya1

そこへ、今朝も散歩の途中立ち寄りました。そうしたら、ちょっと不思議な景色を見たんです。
浅間山は、ばっちり見えていました。そして別荘地のこちらも晴天。
だけど、下の軽井沢の町あたりは霧・・・・もやのかかった不思議な光景です。
まるで、ドライアイスを水の中に入れたときのように、もやが立ちこめていて、下から沸いているようでした。
早朝散歩の効用とでも言うのでしょうね・・・moya3

家にたどり着いてみれば、一面枯れ葉の絨毯。
あああ・・・また、お掃除しなくちゃ・・・・だけど、いくらやってもきりがない。
こんなアホらしいことしているの、私だけみたい・・・・・

雲場池の紅葉

05kumoba1               

 朝早く起きて雲場池に紅葉を見に行ってきた。
モミジが紅葉し、池の周りを覆っていた。
 昨年に比べ、赤の鮮やかさが足りないようにも思うが、気温があまり下がらないので、寒暖の差ができないためなのかもしれない。 早朝と言うこともあって、すいていたが、三脚を構え本格的な写真05kumoba4 に挑戦している人が多いようであった。 この時期、昼間は車で移動しようとすると渋滞に巻き込まれる可能性があるが、早朝はそういうこともなく窓に映る紅葉をながめながらの快適なドライブであった。
 05eki1 帰路、指定券をとるために軽井沢の駅にいった。そこで、紀宮さまご成婚を祝賀する横断幕があった。皇室ゆかりの軽井沢ということが実感として感じられた。
 というのも、そのような横断幕を私は東京で目にしていない。(ふうちゃん)    

              

                             

紅葉の軽井沢から

今日はふうちゃんがやってきた。momiji1

軽井沢は紅葉真っ盛りです。本当に綺麗です・・・・・なんと言っても木の量が違う。
そこらたりじゅう、木ばかりなんですから。それが全山黄色と赤に染まっている。
この美しさは、都会では絶対に味わえない世界でしょう。kiiro1

嬉しいことに、このブログを見て、写真を載せてと言うリクエストをいただいた。
ふうちゃんは、写真が趣味、もうすっかり舞い上がって喜んzansyo1 じゃいました。
ただ、明日はもう天気が下り坂・・・・雲場池に紅葉を撮りに行きたいと言っているのですが果たして天気が持つか心配です。去年の雲場池の紅葉の美しさは信じられないくらいでしたから、今年も楽しみにしているんですけど・・・・・

しかしながら、よく見てみると今年の紅葉はちょっと、色が去年よりも鈍いような気がします。ふうちゃんは「おまえの目が慣れちゃったからじゃないのか」と、言うんですけどね。
なんとなく、そんな気がしてならない。去年の紅葉はもっと赤かった!もっと鮮やかだった!それは何故か・・・今年は暖かいのです。紅葉って暖かいと色が鮮やかにならない。急に寒くなったとき初めて、あの美しい紅葉の赤になる。

地球温暖化は、こんな所にも影響を与えているのかもしれませんね。

さむーーーーい★

軽井沢からこんばんは!

昨日・・・じゃなかった今日の未明・・午前2時半頃軽井沢に入りました。
18号線の温度6度でしたね。お家に着いたときはさほど寒いと思わなかった。
夜中だったので、とにかく布団をとって、寝ることにしたのだけど
布団に入ってから気が付いた。

さむーーーーかったのであります!
誰もいないお部屋の布団って寒いんですねえ。
だいたい、私も娘も冷え性なんですよ。足とか手とかがとにかく寒い。
そのうち暖まるだろうと、布団の中で丸くなるも、
足の先はまったく寒くて、縮こまっていなくてはダメだった。
布団に入って、寒い、寒いなんて感じるのは、とにかく初めての経験です。
とうとう、寝るのをあきらめて、起きて暖房をつけることにした。
一応、全館暖まるヒートパネルですからね、温度を60度にしてkareha1
室温18度の設定でつけておいた。

もぞもぞと、布団の中で反転していたのだけど
たぶんそのうち、寝たのだろう、気が付いたら明るくなっていた。
そして、部屋もほんわかと暖かい。
ああーーーーやっぱり、東京とは違うんだなあ・・・・

明るい日差しの中で見たら、そとは、枯れ葉の絨毯が敷き詰められていた。

どうなってるパソコン!

このごろ、パソコンの調子が悪い!

何がおかしいか?メールが送れないのであります。
受け取る方はちゃんと出来る。それなのに、送る方がどうも変なのだ。
だけど、全然送れないのかというと、それがそうでもない。自分にメールを送るとちゃんと届く。しかしながら、他の人に送るとダメなのだ。それに、自分に何回か送った後、他に人に送ると、ちゃんと届くときもある・・・・・うーん、どうなってるのこのパソコン!

そもそもは、例のBフレッツに設定を変更した辺りからおかしい。
設定そのものは、ニフティの方がやってきて、し直してくれたのだけど、
その時、ネット環境を安全にするために
セーフティ24とか言うものをダウンロードした。
ところが、このソフト、我が家のウインドウズにはあわなかったのだ!!!!

およそ3時間にわたって、ニフティの方が頑張って下さったけど、結局ダメ!
その後、電話で本部の方と延々半日頑張ったけどダメで、
最後のお言葉が
「お宅のパソコン壊れてます!」だった・・・

壊れてる?うーん、そうかも知れないけど、
だけどちゃんと動いてますよ。

そこで、まあ、仕方がない、役立たずのセーフティ24は
追い出したのです。
そうしたら、今度は、私のパソコンのメールがおかしくなった!

もう絶対に、このソフトのお陰だわよ!!!
他には考えられません。だってその前まではちゃんと送れたんだもの。

ああーーーーこうなったら、もう私たちにはお手上げです。
さっぱり分からない・・何で?何がどうなってるの?

「ある日突然メールソフトが壊れることもあります」とは、
ニフティの方のお言葉。
ふん!なによ!そんなことあるわけないじゃん!

もう、こうなったら、ひたすら食い下がるしかない。
「絶対にお宅が入れたセキュリティが悪いのよ!(まあ、内心ちょっと無理な言い分かもと思いつつ、ここは押しの一手!)何とかしてよ!」

とまあ、お気の毒に、私ぶつくさ言われた、ニフティの電話対応のお方
延々2時間にわたって、パソコンさっぱりわからんの私につき合ってくれました。
しかしながら、結局ダメでしたね・・・・
我がパソコンの症状は相変わらずです・・・・
気が向けば、
「そんじゃあーーー行きますかーーー」ってな感じで、たまに我がパソコンを出発して相手の所に、お出かけしてくれますが、気が向かないと、駄々をこねて行ってくれない。

ああああーーーもうこりゃ、ソフトを入れ直すしかないかなあーーー

私、そんなの苦手なんだけど。(>_<)(?_?)

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